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2006年 07月 25日
24日のお昼前、志倶会の稽古を終えて、兜門(かぶともん)を出ました。 雨は小止みになっていて、ふりかえると兜門の屋根が濡れて、いつもと違う風情を ただよわせておりました。 ![]() またまた、画像が表示されません。小さいサイズだけなんとかアップできそうですが。 せっかくの画像をお見せできなくて残念です。 杮(こけら)葺きの屋根は雨にしっとりと濡れ、竹の樋には水滴が並んで光っていました。 では、祝日の兜門の画像を、一枚入れておきましょう。 ![]() 提灯には裏千家の紋様がえがかれています。 独楽の渦の向きようで、三千家がそれぞれわかるようになっているのです。 この写真はたしか、五月、端午の節句の前あたりの日だったように記憶しています。 話は前に戻りますが、24日のお稽古では、茶箱がございました。 月点前、和敬点て、茶籠、とそれぞれ続きまして、その後、茶箱の花月。 これは卯の花でいたしましたが、86歳になられる業躰さんのお話がまことにいいのです。 奈良・薬師寺で、お父さまの時代から指導されていた二世代の業躰さん。 その寺西先生のお父上は、ご宗家から「的伝」を授与された大功労者なのです。 薬師寺の橋本凝胤管長は、茶箱の和敬点てを考案されたことになっています。 もとの名は「陣中点て」といったんだそうです。戦時中のことですから、兵士たちが戦いの合間 に茶を点てて安らぐ、という趣旨で作られたもの。その茶碗も赤膚焼きで黒地に富士の絵。 もう一碗は淡い色調のもので重ね茶碗として入っています。その時の話が振るっています。 薬師寺からの茶箱と点前が写真入で、PR用パンフレットになったのはよかったが、ぼんさん がモデルになったものだからこれはマズイということになった。陣中だての行く先はおまかせ、 という風に見えるしな。坊主が写真になっとるんだから。それで取りやめじゃ。けっきょく反故に なったが、今あの紙が残っとればおもしろいな。 かくして陣中点前は、戦後になって和敬点てという名称になりましたと。
by tsubakiwabisuke
| 2006-07-25 23:26
| 茶の道
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