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2008年 02月 29日

二月二十八日 大徳寺利休忌 淡敬会席 梅と椿と

史実からみれば利休忌は二月二十八日になるのですね。毎年のように今日庵の担当となりますのでことしも、今日庵席、直門淡敬会席、淡交会京都連合会席、と三つのお釜が懸かりました。
私の所属している淡敬会は大徳寺山内の三玄院で終日参詣の方々をおもてなし致しました。

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淡敬会のトップ。元気じるしのお姉さん方

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床の間の掛け物は、一燈さんの「有梅添月色」(梅あり 月の色を添う)。

夜の中に香る白梅の古木があります、、、梅の花が彼方の月の光に静かに照らされるさま、、、眼の前にに浮かんでくるようですね。

花入 竹二重切 銘 清波 一燈在判 箱

こちらも同じ一燈の作。清々しい気があたりに満ちているような花入れでした。

カメラが手ブレしてしまい、お恥ずかしい画像ですみません。

香合 蕗の薹 了全造

あとは会記をどうぞ。そうそう、菓子はよもぎ餅。老松製。お茶は辻利園。長久の白。



皆さま、この茶杓には驚かれたのではないでしょうか?

ご存じと思いますが、玄々斎に千代松という一人の子息があり、一如斎とよばれました。
養子の玄々斎は最初、まち子という認得斎の長女と結婚、まち子さんが不運にも急逝されましたので、前妻の妹であるてる子さんを娶ったと伝えられます。

照女と書かれた染筆をご覧になったことはございませんか。
てる子さんは書も巧みな才媛で、晩年の父君と夫君を援けて箱書きをされているのを時として見ることが出来ます。

そのてる子さんと玄々斎の間に出来た一如斎は、惜しくも弱冠十七歳で夭折。少年とは思えない芸術の香りがふくいくと漂うのを感じるのです。天性の秀でた魂に心を動かされます。

茶杓の銘、玉椿

梅と椿と、しめやかに流れる時の流れ、人々の和の交わり、炉のあかき炭火にたぎる釜の煮え。会の末席を汚す自分自身を顧みて、今日一日無事に水屋の手伝いができましたことを感謝するのでした。

点前も一度いたしましたし、やはり元気のもとがお茶であることを再認識して帰路につきました。

中宮寺さま、タクシーで送っていただきありがとうございました。




大徳寺・千利休居士の毎歳忌 2006/02/28






by tsubakiwabisuke | 2008-02-29 23:57 | 茶の道
2008年 02月 11日

新宿区立漱石公園がリニューアル完成式典


先月末から体調が最低といった状態でした。茶道の方面でもみな不義理を重ねておりましたが、八日には思い切って東上してまいりました。

じつは、新宿区の区長さんから「新宿区立漱石公園がリニューアル完成式典」のお招きを頂いていて、光栄なことと身の程も考えずに新幹線に乗って早稲田のホテルに一泊。大変寒い日でございました。翌日には十時前に漱石公園に到着。お馴染みの新宿区役所の方々がにこやかに迎えてくださり、友人の写真家の関健一さんんもいらしておりほっと致しました。

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さっそく当日のもようをIT新聞に送信しました。本日の日付で掲載されておりますのでURLを下記に。

http://www.news.janjan.jp/photo-msg/0802/0802100506/1.php

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この画像は3枚とも関健一さん撮影。ココログのほうはわびすけの撮影でプロとアマの差が歴然ですね(#^.^#)



漱石が江戸牛込に生まれ、後年、東京都新宿区となってからの居住の記録を見ると興味深いものがございます。生家で過ごした期間。養子に出されて養家先で暮した期間。それぞれ住所が異なるのです。

養家から生家へ戻った期間も、塩原家と離縁し養子縁組を解消し、晴れて夏目金之助となった時期もはっきりと記録されているようです。

生年月日: 慶応3年1月5日  没年月日: 大正5年12月9日

新宿区在住期間
牛込馬場下横町 ※同地にて出生 ※区指定史跡 慶応3年1月~明治元年11月


内藤新宿北町裏16 明治元年11月~2年3月
内藤新宿仲町 明治4年6・7月頃~6年3月

牛込馬場下町 明治9年~19年9月頃
矢来町3中ノ丸 明治36年1月~同年3月

早稲田南町7 ※同地にて死去 ※区指定史跡 明治40年9月~大正5年12月
新宿区の記録に学ばせていただきました。





by tsubakiwabisuke | 2008-02-11 21:53 | 夏目漱石
2008年 02月 10日

歌川国芳の浮世絵に猫が主人公になる

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作者:一勇斎国芳  出版年:弘化4年~嘉永5年(1852) 
大ネズミを退治した猫が武芸者に芸の奥義を説いている図



ねこは鼠を捕ることから日本では重宝され、招き猫にみられるように人々の暮らしに必要な生き物とされてきました。浮世絵に猫がさまざまに描かれているのをみても、日本人の「その心とまなざし」が感じられます。あれ?どこからか借りてきたキャッチフレーズ。。。

さて、歌川国芳の浮世絵 「猫飼好[みようかいこう]五十三疋[びき]」は傑作といっていいでしょう。猫に対する愛情はかぎりなく深いものがあります。

東海道五十三次をもじってつけたタイトルも、江戸時代の諧謔精神でおもしろいものすね。

それでは、浮世に出てくるねこの姿をお楽しみくださいませ。

★1.猫飼好五十三疋 [みようかいこう]五十三疋[びき]」 上

http://www.cat-city.com/museum/ukiyoe/exbit/kuniyoshi01.html

☆画像はそれぞれクリックしてご覧くださいませ。拡大していっそう楽しくなります。

宿場のほかにも、「猫の妙術」は面白いです。にんげんに猫が教えるの図なんです。武芸の達人とは言いがたい殺気だった人間に対して、鼠捕りの名人(?)である猫のこのゆとりある表情!

なんといいますか、悟ったような平らかな武芸の極意を無言に語っているように見えるではありませんか。

猫がふところに大事に抱えているものが何だかお分かりになりますかしら? 

http://www.cat-city.com/museum/ukiyoe/giga11.html

★2. 猫飼好五十三疋 中
http://www.cat-city.com/museum/ukiyoe/exbit/kuniyoshi02.html 

★3. 猫飼好五十三疋 下
http://www.cat-city.com/museum/ukiyoe/exbit/kuniyoshi03.html

終点の京都がまた、いいと思います。
猫と鼠と、それを皮肉る者と、作者の面目躍如です!






by tsubakiwabisuke | 2008-02-10 12:18 | ねこ
2008年 02月 02日

お知らせ

皆さま
先に書きましたスパムの対策をなんとかエキサイトが考えてくれたようで、コメント欄を前のままに表示することに致しました。迷惑投稿は4件のうちIDが2件で同一人物の仕業と判明。ID拒否と削除を即実行しました。やはりサーバーが本腰になってくれないと解決できません。
これで皆さまもご安心を! (2月5日追記)



前から当ブログへ迷惑投稿をする輩があり今もなお、後を絶ちません。
変質者の振りをしていますが、いわゆる愉快犯の仕業で今のところ防ぎようがありません。

エキサイトではこうした「荒らし」対策がまだ不十分のようです。従って当分の間、コメント欄を禁止の設定にさせていただきます。

まことに残念ですが、皆さまの貴重なコメントは保存してありますしいつでも元のままに復活可能です。

この点、ニフテイのココログでは迷惑投稿の防止策がなされており、比較的安全のようです。
できれば、当blogのほうは見るだけということでお願いできればと思います。

これからはニフテイの ブログ漱石サロンランデエヴウ のほうに、コメントを頂戴できれば幸甚でございます。

http://tsubakiwabisuke.cocolog-nifty.com/rendezvous/

どうぞよろしくお願い申し上げます。






by tsubakiwabisuke | 2008-02-02 13:28 | 京都