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2006年 02月 24日

トリノ・オリンピック 氷上の舞





トリノ・オリンピック 女子シングル・フィギュアスケート

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 早朝からテレビに釘づけでした。日本中の期待を集めた女子シングル・フィギアスケート。

 いやぁ~~。立派でしたねえ。荒川静香選手。思わず歓声をあげて拍手してしまいました。8年も前から今日の日のために研鑽を積んできた、それもいったんは引退を考えていたといいますから、その強靭な精神力には脱帽です。

 「氷上の舞」というべきこの競技に、心惹かれない人がいるとはとても思えません。

 優雅なバレリーナに逢いに行くような気持で、私はテレビのスイッチを押しました。
 荒川さんだけでなく、他国の選手たちも失敗をしても諦めることなく、最後まで真剣に取り組んだスポーツマンシップの姿を見せてくれました。こうした感動があるからこそ、オリンピックは輝いているのだと実感しました。

 金メダルを取られた方の努力には心から敬服します。と同時に、メダルには届かなかったものの、力一杯競技をした選手たちにも、おなじく感謝の念をささげたいと思います。

 個人的には、村主章枝選手。情感に満ちた哀しいまでにうつくしい演技でした。審査員の採点が低かったのは残念でしたけれど。





by tsubakiwabisuke | 2006-02-24 22:55 | ニュース
2006年 02月 22日

京都議定書一周年ベルリンから来た自転車タクシーを取材した2002年

 2月16日は、京都議定書の発効から1周年という記念日であった。この議定書の母体となるものは、1992年の地球環境サミット(UNCED。於リオ・デジャネイロ)で出来た気候変動枠組条約だ。1994年に発効している。

 京都議定書は、この枠組条約の目的を達成するためCOP3(第3回締約国会議)で採択されたものであり、2002(平成14)年6月4日締結。

 2005(平成17)年2月16日には、京都議定書発効。先進国等に対し、温室効果ガスを1990年比で、2008年~2012年に一定数値(日本6%、米7%、EU8%)を削減することを義務づけている。また、右削減を達成するための京都メカニズム等を導入した。(外務省・地球環境による)

 では京都メカニズム等とは何だろうか。
 地球温暖化を阻止するための予防法、或る種のサポートを意味する。こうした公文書はいつもながら解り難いが、そのまま書けば下記のようになる。すべて温室効果排出ガスを削減するための取り決めである。
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/mechanism/index.html

[1]排出量取引  
先進国間で排出枠を移転。
先進国全体の総排出枠は変化しない。

[2]共同実施
先進国間で温室効果ガス削減事業を実施、その結果生じた削減単位をホスト国から投資国に移転。
先進国全体の総排出枠に影響を与えない。

[3]クリーン開発メカニズム
先進国が途上国(非附属書Ⅰ国)において実施された温室効果ガスの排出削減事業から生じた削減分を獲得することを認める制度。総排出枠は増加。
先進国は削減分を目標達成に活用、途上国にとっても、投資と技術移転の機会。


 生活者の立場でいえば、世界に向けた京都議定書発効の意義は、自国の利益だけではなく世界をひとつの国家として考えることにある。 
 私たちの住む地球は、今のままで行けば温暖化によっていつか北極の氷河も溶け、海に没する国も出ることが予想されるという。この恐ろしい現実を受けとめなければならない。こうした見地から温室効果ガスの排出削減への取り組みを、先進国の義務としているのである。

平成18年2月16日 京都知事・山田啓二氏の『京都議定書発効1周年を迎えて 』のメッセージは、わかりやすい。

使っていない電気はこまめに消しましょう。
冷暖房をひかえめにしましょう。
テレビをつけっぱなしにしないようにしましょう。
シャワーを出しっぱなしにしないようにしましょう。
レジ袋をもらわないようにしましょう。
自動車を使わずに、徒歩・自転車・バス・鉄道を利用しましょう。
自動車の駐停車時はアイドリングをストップしましょう。


さて、官公庁においてそれは守られているだろうか?
努力はなされているかも知れないが、公用車をはじめマイカー通勤はどうなっているのだろうか?疑問に思う。


◇◇◇


「京都市の温室効果ガス排出量を含めた地球温暖化対策の概要」

 私は今日、京都市役所に電話して京都議定書について担当の方へのインタービューを申し込んだ。地球温暖化対策課という担当の職員の方が応対され、「じつは会議がある為、会見するのは申し訳ないが…」ということになった。

 JANJANのことを電話口で話すと、「ああ、」と知っておられたようで有難かった。親切な方でこちらも率直に質問なり会話をさせてもらった。

 まず、京都市民としてこんなことから話しはじめた。
「暮らしの中でどのような取り組みをしてるかと言えば、わが家では自家用車を持っていない。バス・地下鉄等を利用する。時々タクシーに乗る位で。それからクーラーもあまり使わない。暖房はふつうに。厚着しているほうで…。」などと話は他愛ない。あるがままにいうまでだ。

 相手も如才がない。明るい声が返ってくる。
「…それは大事なことでしょう。」

 ここらでそろそろ本題に入る。
「京都議定書発効はわかりますが、この都市は今どのような努力をしているか、そういう実績を見ることが出来ますか。詳細なデーターがあれば欲しいのですが。」

「では、記者情報を見た上で、資料をFAXで送信しましょう。」
「有難うございます。これまでの記事URLも入れておきますから。」

 ということになった。こうして、京都市役所からFAX受信した資料が上の写真1と2の書類である。(なぜか表示されない)

○京都市の温室効果ガス排出量を含めた地球温暖化対策の概要。

市民、事業者、京都市の協働のもと、環境マネジメント「KES」認証制度を創設。
使用済みてんぷら油の回収・市のプラントにおいて精製・燃料化し、京都市のごみ収集車(約220台)及び市バス(約95台)の燃料として使用(年間約4、000t-C02削減)している。

○地球温暖化対策条例 同条例に定める事業者の義務規定の実施。

特定事業者による削減計画書の作成、提出、報告。
特定建築物の建築主による削減計画書の作成、提出。
特定排出機器の販売店によるエネルギー消費効果等の表示、説明。


私は一応読んでから折り返しまた電話した。

「2002年までの資料しかないのでしょうか?」
「いやぁ、そうなんです。全国の統計が遅れていましてね。これはどうにもならんのです。苦情は環境庁にお願いします。」


「京都市地球温暖化対策条例について。市の指導というのが、3 「(1)、「経緯」と、(2)の「主な特徴」ようですね。しかし、特定事業者が、事実と違うけっこうな作文を提出した場合はどうなるのですか?」

「今年の暮には情報をオープンにしてインターネットで公表します。市民がそれを見て判断される。不審な報告書があった場合は当然市が指導を行うということになります。」

 不案内な者に親切な対応をいただき、私は京都市民であってよかった、と思った。この問題はは行政サイドに求めるだけではなく、ひとりひとりが環境問題を真剣に考え、取り組まなければどうにもならない。


環境にやさしい自転車タクシー

 思えば2002年、京都市が日本で最初にベルリン発の自転車タクシーを認可したのも、地球温暖化対策の一環であった。そのことは桝本兼京都市長がたしか挨拶で述べられていたと記憶する。

東京に本部があるNPO法人「環境共生都市推進協会」に電話して、ヴェロタクシーの現状について聞いてみた。
すべてベルリンから輸入したもので、今は100台保有しているという。全国各地では貸与(レンタル)で運用している人もあるが、京都の場合は雇用ということであった。調達資金は最初に購入した分は回収できたと聞きほっとしたものである。環境問題の啓蒙という意味でも、ヴェロタクシーにはがんばって貰いたいと思う。

 私は、ベルリンのインターネットマガジンの記者・いちかさんから依頼を受け、べるりんねっと特派員という肩書きで、ヴェロタクシー現場の取材に赴いたのであった。いまその日のことがなつかしく思い出される。

ベルリン発 インターネットマガジン BN789 2002年5月号

『ヴェロタクシー IN 京都』
ベルリンから京都へやってきた自転車タクシー


『べるりんねっとの編集者いちかさんとの往復書簡』

祝! 京都議定書の発効 2005/2/16





by tsubakiwabisuke | 2006-02-22 12:45 | ニュース
2006年 02月 15日

著作権

著作権ということがやかましく言われるようになったのは何時ごろからだろう。

昔は新聞なども記事の引用をしてもそれが著作権にひっかかることはなかった。
日本は民主主義の土壌がなかったので、権利意識も抑えられていたと見る向きもある。

良寛さんが人から本を借りた話がおもしろい。

良寛さんが借りた本に、「おれがの」と署名した。
それをはたから見て驚いた人が、こう言った。

「その本は人の持ち物ではないんですかい。」

良寛さんは何食わぬ顔で答えたという。

「こうして自分が持っておる間は、こっちのものじゃ。おれがの、じゃ。」

まあ、良寛さんほどの人だから出来たことである。「おれがの」と書いてもらった本は値打ちも一段とあがるし、貸した人を喜ばせることになる。

固有名詞で書かれなかったところが面白い。
ともあれ、このころの日本人はまことにおおようであった。

京焼きの祖といわれる野々村仁清にしても、中国陶器や国内の陶芸を学び、その「うつし」を作った。赤絵や染付けなどの影響はもとより、例をあげれば仁清信楽もそうだ。

また、仁清の「うつし」を作った名工も多いがこれは決して贋作ではないのである。
個々の作者の名で、作られた「うつし」はそれなりにレッキとした作品なのだ。

漱石文学も今でなら著作権侵害だといって、訴訟沙汰になりそうな『抗夫』のような小説もある。
時代がおおらかだったというほかはない。

私事で恐縮だけれども、或るサイトのトップページに招き猫が並んでいる写真が出ていた。
これを見てあらっと思った。何を隠そう、それは私が撮った写真だったから。
以前、自分のサイトで公開していたものでそれをコピーされたようであった。

プロではもちろんなく、趣味でボランテア風の作者が私である。
ネットのお付合いはない未知の方だったけれど、私からメールしたのを覚えている。

「お気に入って頂けたようで何よりです。」というようなことを書いた記憶がある。
先方の方からは折り返し、「失礼しました。あんまり可愛かったのでつい載せました。」と
書かれていたように思う。

その方は難病に罹られた中年の男性であった。
そのことを知った時、あんなお節介なメールなどだすべきでなかった、と思った。
知らぬふりをしてそっとしておくことがどんなによかったかも知れない。

また、或るサイトで私のサイトの文章をそっくりそのままコピーして、名前だけは変えているケースも目にした。しかし、商業用ではなくお遊びでやっている内は、私は見過ごしている。

今日、主人に著作権のことについてどう思うか意見を聞いてみた。
ついきのう、拙サイトの掲示板で、そのことを問題にした投稿があったからである。

当該者本人ではなく、覆面の匿名氏が2名。攻撃的な内容であまりに他を誹謗するのに辟易した。Xさんというネットでお付き合いのある方が某プロ写真家の無断借用をしたというのだ。

私はそのプロ写真家のことは知らなかったが、中東での戦闘や被災者をリポートをするかなり有名なカメラマンであるという。
いっぽう、その作品を盗作して自分の作品だと主張する者の不正行為は断ずべきことであり、そのカメラマンの心情はよく理解できる。それに関して全く異論はない。

Xさんは3年前に許諾を得るためにメールを送ったものの返事がいただけず、そのままこっそり掲載していたらしい。彼は自サイトで不正行為であったと罪を認め、謝罪文を掲載した。

しかし匿名氏の怒りはそれではおさまらない。Xさんはついにサイトを閉鎖することにしたようである。病気療養中であった彼にはこれによって受けた心身の打撃はどうであったろう。

昨今、著作権の無断使用で或る経営者が逮捕されたニュースをテレビが報じていたが、これは他人の作品を無許可で盗用しボロ儲けを狙った営業サイドの事件である。

権利意識が高まっている現代にさまざまな問題が生じるのは当然かもしれない。ただ、淋しい人間が多くなったようにも思うのである。

当事者ではなく、どうやらひとのトラブルを糾弾することを楽しんでいる人々がいるようだ。

すぐに不正行為であったと謝罪したXさんが自ら趣味のサイトを閉鎖にした現実も、私は自分の運営する掲示板と通してつぶさに見た。

アフガンやイラク等で救援活動をしたいというのが彼の夢だったのだろう。夢を現実であるかのように装い秘密のページを作っていたのかもしれない。他を欺いてまで夢に生きたかったのか。

そのページだけがパスワード制になってていたというのもワケアリだったということだろうか…。
…彼の病気がなせるわざと思えば複雑な気がする。


さて、私が主人に問いかけた「著作権のことについてどう思う?」の答えが、次のことばであった。

「著作権は大事だと思うよ。しかし、作品は見てくれる人があるから成り立つのだろう。」

来月には主人の何冊目かの著書(学術書)が出版される。
今はそれを心待ちにしている私である。


by tsubakiwabisuke | 2006-02-15 00:51 | ニュース
2006年 02月 07日

椿コラムが できまして

インターネット新聞JANJANに、この度、「椿コラム」ができまして。
ありがたいことと感謝しています。ない知恵をしぼって精進しなければ…。
まず、掲載記事のお知らせです。

椿伊津子の『古都つれづれ』

8日朝からJANJANのサーバー故障で閲覧できない状態が続きご迷惑をおかけ
いたしました。ようやく復旧いたしましたので、よろしくお願い申し上げます。2/11


2・7 ポール・クローデル仏大使を歓迎した皇室 大正10年

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JANJANコラム 2・6 光悦忌



2・4 雪の白川郷 ほこらの中のお地蔵さん



JanJanコラム 01/30 古都つれづれ 新聞記者になった夏目漱石の「京都」



1・12 JanJan 掲載 京都 初釜 小川通り


by tsubakiwabisuke | 2006-02-07 15:41 | ニュース