blog 漱石サロン ランデエヴウ

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2005年 10月 26日

『和の学校』の ドングリたち


裏千家宗家の近くにあります、『和の学校』。 ネット上で有名な学校ですね。
その編集部に、私はお稽古が終わってからひとりで遊びに行きました。

その時にね、窓際にかれらが並んで、こっちを見ていたのです。
そう、ドングリ坊やたち…。あ、トトロもいたんですよ!


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それから落ち葉を貼ったお手作りのステキな短冊も柱にかかっていました♪♪

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編集長の吉田りえこさんとおしゃべりしたあと、さよならして小川通りを歩きますと、
名残りの朝顔が高いビルの彼方にほほえんでいました。
曇り空で写真は暗く写ってまして残念。

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最後に、この日の朝お稽古にに入る時の、裏千家宗家のお写真を。
当代家元の弟君・伊住さん。ご存知でいらっしゃいましょうか。
今は亡き伊住宗匠がこの和の学校を創立されたのでした。
笑顔のうつくしい心あたたかい校長先生でした。

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ドングリたちはなんとまあ、幸せそうな窓際族になって♪♪

と書いてましたらあらら、談話室へりえこさんがこんな書き込みをして下さってましたよ。


>わびすけ様、先日は和の学校の事務所へお越しいただき、
ありがとうございました。
いつも、わびすけ様には励ましていただき、元気をいただいております。
本当にありがとうございます。

その折に窓辺にあったどんぐり達を撮影していただき、
光栄にもこちらの表紙に掲載していただいたとは!
本当にありがとうございます!

あのどんぐり達は、子供達に遊びながら日本の文化とこころを伝えるという
「和の学校」の活動の一環として、わびすけ様に来ていただいた翌日、
京都市内の学校で活用したんです。
今回は「季節を飾ろう、季節で遊ぼう!」というテーマで活動しました。

養護学校が会場でしたので、障害のある子もない子も一緒になって、
どんぐりで人形を作ったり、こまを作ったり、細長い紙に貼って短冊の代わりにしたり…
存分に季節を感じて貰うことができたと思います。
(もしかしたら親の方が夢中になっていたかも?)

どんぐりを集めてくるのは大変でしたが、
これも楽しい作業でした。たくさんの方の協力でみごとに集まりました。

残ったどんぐり達も、今度は別の学校で、草木染めに使う予定になっています。

(今、事務所はどんぐりに住んでいるイモムシくんがはいまわっています)

ということで、ちょっと、どんぐり達のご説明にあがりました。

ではまた、お邪魔させていただきます。<




by tsubakiwabisuke | 2005-10-26 23:00 | 茶の道
2005年 10月 23日

9月30日 徳川美術館創立70周年記念の日に お招きを受けて

2005年9月30日

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by tsubakiwabisuke | 2005-10-23 15:21 | 茶の道
2005年 10月 18日

事件の報道はどのように変わったか

特養老人ホームで起きた小さいけれども悲惨な事件は、わが国の後進性をはからずもみせつけたのではなかっただろうか。老人ホームの貧しさ、医師の常勤も義務づけられていないと聞くが、はたして財政的に経営が困難な状況なのか、調査は入ったのであろうか。

被害者である女性のお年寄りは今入院中のことと思うけれども、帰るべきホームの環境が改善されなければ何もならない。通りいっぺんのお詫びの言葉ではなんら解決にはならないのである。

さらに、問題なのは、報道のありかたである。その記事が捏造だったというつもりは毛頭ない。ただ、報道の原点が忘れられてはいなかったかと思う。

一社だけではない。朝日、読売、共同通信、YAHOO、毎日、産経、おおかた猫の犯罪として取り上げていた。テレビでもやはり同じような報道がされていたらしい。
「聞き書き」から作られたニュースはこうなるのであろうか。

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上はyamaさんが撮影された証拠写真であるが、どうぞお使いくださいとのこと。


新聞でセンセーショナルな見出しは、「人間の足指を5本喰いちぎった猫」であった。これに対して批判と抗議が巻き起こったのは、前に述べた通りである。

その後、犯人が猫であるという確証はなく、どうも冤罪だったようだということになり、猫は殺処分されずに済んだ。抗議の声をあげた人々の成果でなくて何であろうか。


では、その後、メデアの論調は、事件の報道は、どのように変わったか。そのことを追って見たい。

猫、本当に犯人か 老人ホームでの右足指負傷 asahi.com2005年10月15日12時11分

先の報道からすれば反省点が感じられ、誠実に書かれていると思う。


産経スポーツでは当初から一面的でなく掘り下げて書かれていたが、ただ見出しが過激であった。それが今回は淡々とその後の経過を述べている。

サンスポ.COMトップ > 社会 > ニュース 2005.10.14 更新
★猫説に異議
埼玉県内の特養ホームで認知症女性(88)の足指5本を「猫が食いちぎった」とホーム側が説明したことについて動物愛護団体アニマル・サポート・メイトは13日までに「猫が指を食べることも食いちぎる力もない」と指摘。県警と保健所に再調査を要請することを明らかにした。


先のサンスポの過激な見出し
サンスポ.COMトップ > 社会 > ニュース 2005.10.09
人食い猫の仕業!?寝たきり老女の足指5本食いちぎられる
埼玉県内の特別養護老人ホームで認知症の寝たきり女性(88)が、右足の指を5本とも動物に第一関節まで食いちぎられたとみられることが8日わかった。



なかでも、10月13日 12時52分 の毎日の記事は最もよいものであった。

毎日新聞 2005年10月13日 12時52分
女性足指けが事件:「猫犯人説」に異論噴出 無実の声も

 「猫が本当にこんなことをするの?」。埼玉県の特別養護老人ホームで就寝中の女性(88)が右足指を食いちぎられた事件。猫の仕業の可能性が高いとする警察の見解に対して、疑問の声が噴出している。【秋本裕子、山崎征克】



東京、中日も、最初は猫が犯人だと暗に認めているような書き方であったと思うが、その後すこし変わったようだ。

東京
猫の犯行『あり得ない』 女性の指かみちぎり

埼玉県北埼玉郡の特別養護老人ホームで、認知症の女性(88)が右足の指を猫にかみちぎられたとされる事故で、動物愛護五団体が十二日、埼玉県庁で記者会見し「猫の習性から人間の指を食いちぎるはずがない」として、近く県警と保健所に再調査を要請する方針を明らかにした。

 女性のベッドのシーツや部屋の床には猫の足跡があり、施設の職員が中庭で口の周りを赤く染めた猫を目撃。保健所がこの猫を捕獲した。施設側は猫が侵入して指をかみちぎったと県長寿社会政策課に報告している。

 会見した特定非営利活動法人(NPO法人)「アニマル・サポート・メイト」の野田静枝代表理事は「猫の犬歯は左右二本しかなく、百回以上はかまないと人間の骨までは砕けないはず。きっちり調査すれば、猫の仕業でないことが明らかになる」と話した。

 猫は県動物指導センターで保護されているが、全国から「殺さないで」との声が多数届いているという。同課は「殺処分になることはない」としている。


中日 
検証と報告求める


猫の足指かみちぎり事故 北埼玉郡の特別養護老人ホームで、認知症の女性(88)の右足の指が猫にかみちぎられたとされる事故で、県は十二日までに、この特養ホームに対し(1)二度と同じ事故を起こさないよう注意する(2)猫などの小動物が建物に侵入する経路の有無について専門家にチェックを依頼し、結果を県に報告することを指導した。事故に関する施設側の予見可能性についても調べる。 (増村 光俊)



猫と動物愛好家の側からみれば、最初、報道機関からあたかも刃をつきつけられた感じであったろう。勝手に人食い猫などという風評をたてられたのだから。

世間にひろまる風評の被害ということを、よくよく考えていただきたい。猫でないとしたら他の誰かがやったのであろうが、真相は依然として闇の中である。そうした事件の背後に目を向けた報道を、しては頂けないものだろうか。


次に挙げるのは、野良猫保護ボランテアの瀬川さんから寄せられた報告書二通である。
埼玉の老人ホーム、猫事件の真相 10/12

報道の問題点 10/14
1、警察は、猫と断定してないこと。
2、網戸は、元々ほつれていて動物が破ったのではないこと。
3、猫は、建物に囲まれた中庭に、2週間閉じ込められていたこと。
4、2、及び3、の状況からホーム側が、たとえどんな動物が犯人であれ、
ずさんな管理に原因と責任があるとして謝罪したこと。



もし自分が報道する側にあるとしたら、とひとり考えてみる。
やはり聞いた通りのことを時間の制約のなかで、まとめることになるのではないか…。
いやいや、記者の矜持というものがあるんだ…。どうなるかとにかくやってみなければ…
たわごと、ひとりごとである。


最後に、私の友人が書き込んでくださったメッセージを、ここにしるしておきたいと思う。

海外の友人。
>あの新聞記事は「杜撰」の一言に尽き、取材した記者の思惑(受けるゾ)と、
取り上げた編集者の思惑(売れるゾ)、
そろっての軽佻さがなんとも情けないことです。ああ、社会の木鐸よ、いずこ?
馬鹿にされたものだ、と憤慨する読者も多いかと。<


著名なアーチスト。
>最初新聞を読んだときには「へー、そんなこともあるんだ」と感じただけですが、その矛盾を指摘されてみると変な感じですね。猫の口が赤くったって、ネズミや雀を食べたのかもしれないし、報道を無批判に読んでいたと反省しました。<




10/19 JANJAN掲載記事 報道はどのように変わったか


by tsubakiwabisuke | 2005-10-18 02:46 | ニュース
2005年 10月 12日

猫にかじられて足の指を失った記事について 覚書

ニュースはもともと、メデアが人を驚かすようなネタをみつけて大々的に報道するものであろうが、最近のショッキングな事件といえば、身近なものに猫のニュースがあった。

『特養の寝たきり女性、「猫にかじられ」足指失う 埼玉』 asahi.com 2005年10月08日


猫が短時間に生きた人間の足指を5本かじりとって逃げた、というのである。
漱石ならずとも、ふつうの日本の家には飼い猫がいて、家族並のあつかいを受けているから、驚かないほうがむしろおかしいというものだ。

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上の写真はわが家族の一員。


さて、本題にうつる。
88歳の寝たきり女性の足指5本を猫がかじって喰べたというニュースの元は、特別養護老人ホームであった。そこは現代日本のまことにお寒い福祉行政の終着駅ではなかろうか。
その存在を○○山と批評する人もいるそうだけれども、当事者にしてみれば生易しいことではあるまい。

誠心誠意介護にあたっている専門家があり、そういう施設に入居できるだけ幸せだと、見る人々も多い。しかし、今回の事件から、特別養護老人ホームの実態を垣間見たように感じたのは、私だけではないと思う。

私はネットでお付き合いのある猫ファンの某掲示板で、このニュースについて問題提起をさせて頂いた。
管理人のTさんは識見と人望にあつい男性である。そのおかげでさまざまなよい投稿があった。猫と同居している方々の体験に基づくお話は、示唆に富み、ニュースへの反論の大きい声となった。


この事件は獣医の先生方からも猫の生態から到底考えられないとの見方がある。私は真相究明のため或るメデアに投稿する考えがあり、その掲示板の複数の声を引用していいものかどうか、許諾を求めた。殆どの投稿者は役に立つならどうぞ、と言ってくださった。


私は、頭をさげて皆さんにお願いする立場であった。しかし、記事はあくまでも自分の意見が主であり引用は従のものである。メデアに実名で公表することは、先ず自分が矢面に立つことでもある。そうした覚悟はできているのか、と自問する。


なんとか書き上げたものは採用となった。
私は猫ファン掲示板管理人のTさんへ明日13日に掲載予定との連絡が編集部からあったことを、メールでお伝えした。
あたたかい気持ちで、猫の名誉をまもるため、そして特養ホーム入居者への情愛のために、私に協力を惜しまれなかった方々…。まことに、感謝にたえない。


つたない私の文に、どのような反響があるだろうか?
すこしは世のお役に立てたであろうか…などと、ひとり思う。


ちなみに、明日の日付で拙稿を掲載してくださるメデアを、リンクさせていただく。
「市民メデア・インターネット新聞JANJAN」


猫にかじられて足の指を失った記事について 椿 伊津子



by tsubakiwabisuke | 2005-10-12 23:20 | ニュース
2005年 10月 06日

丸善の閉店 レモン 梶井基次郎 高村光太郎夫妻

この10日に閉店する書店「丸善」京都河原町店。ほんとうに寂しいです!

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丸善が京都に出店したのは1872年といいます。
梶井基次郎の短編小説『檸檬』(れもん)の舞台になった旧店舗は、現在地から約400メートル北西にあったとか。

もとは、明治5年、京都の二条に開店した書籍や薬を扱う丸屋善吉店。その後、場所を寺町通り、現在の河原町へと。かれこれ130年余もの間続いてきた老舗です。

当時の町のようすはどうだったのでしょうね?
今、二条といえば寺町通りの一保堂茶舗あたりが目にうかぶのですが…。

河原町店には私も主人に伴われて何度か行ったことがあります。主人はここでメガネや万年筆を購入していましたし、私も英国製のバーバリ・コートを…。
へえ、そうでした。その時は見ただけで結局私のほうは買うことはありませんでした(笑)。

『檸檬』の主人公は、思考が正常に働かなくなったことで町へ出ます。或る果物店でレモンを買い、歩いていきます。以下部分引用を。


>どこをどう歩いたのだろう、私が最後に立ったのは丸善の前だった。平常あんなに避けていた丸善がその時の私にはやすやすと入れるように思えた。
「今日は一(ひと)つ入ってみてやろう」そして私はずかずか入って行った。<

青年は、脳裏に映る狂おしいような情況に苦しみます。そこから逃れるべく、

>「あ、そうだそうだ」その時私は袂(たもと)の中の檸檬(れもん)を憶い出した。本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」
 私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。<

檸檬は救いとなったのでしょうか?

>見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私は埃(ほこり)っぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた。<


精神の不安定な状態を作品に描いた梶井基次郎。理数系かまた絵画的な要素も感じられ、レモンのみずみずしさが心に残るのです。
宇野千代と親しくなり過ぎたとも噂される青年でしたが、31歳で病没。京都の為にも惜しいことでした。しかしこの小説は多くの愛読者をもち、丸善の名を広く知らしめることになりました。


「レモンの日」というのがあるの、ご存知でしたでしょうか?じつは昨日だったそうですね。
どうしてかといいますと、その心は、昭和13年(1938)の9月5日、高村光太郎の妻智恵子が亡くなった日ということから決まったようです。


高村光太郎が妻千恵子の臨終に絶唱「レモン哀歌」を書いたことはよく知られていますね。


レモン哀歌

そんなにもあなたはレモンを待ってゐた

かなしく白くあかるい死の床で

わたしの手からとった一つのレモンを

あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

トパアズいろの香気が立つ

その数滴の天のものなるレモンの汁は

ぱつとあなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ

わたしの手を握るあなたの力の健康さよ

あなたの咽喉に嵐はあるが

かういふ命の瀬戸ぎはに

智恵子はもとの智恵子となり

生涯の愛を一瞬にかたむけた

それからひと時

昔山巓(さんてん)でしたやうな深呼吸を一つして

あなたの機関はそれなり止まった

写真の前に挿した桜の花かげに

すずしく光るレモンを今日も置かう



このころのレモンには、今のような農薬の汚染問題はなかったでしょう。その意味ではいい時代だったといえるのではないでしょうか。
文学者にこのように美しく最高の賛辞をおくられたレモン!



今日の画像は散歩に出た主人に頼んで買ってきてもらったレモンです。紫水晶のお数珠と丸善から来たハガキを添えて。それともう一枚はあけびとレモンです。



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by tsubakiwabisuke | 2005-10-06 16:12 | 京都