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2005年 07月 18日

伊勢まいり 五十鈴川

伊勢神宮への旅の画像を引き続き…アップいたします。

私のつたないブログに、コメントをくださる方々、教えられること多くお励ましを感謝いたします。
Commented by あきら at 2005-07-18 14:49


>わびすけさん、お伊勢さんでお献茶でいらしたんですね。
少し前、「野次サン喜多サン」の映画がありまして、漫画原作だったのですが、それを機会に「東海道中膝栗毛」を少しかじりました。
お伊勢まいりはそのころの人々の日常生活のリセットの機能を果たしていたのではないでしょうか。
失踪してしまっては迷惑もかけるけど、思いたってお伊勢参りと言えば通用するというシステムかな。便利になった現代じゃあ、すぐに戻ってこなくちゃならないのが難点でしょうか。

あきらさん、ああ、そうだったんですね。
今のお伊勢さんはやはり町興しと観光サービスで皆さん頑張っておられるように思いました。
神宮の荘重な歴史、たましいを洗われる清清しい空気。ただ、現代人は宗教だけではすんなりと受け入れない複雑さをもっていますから、生活の線上で人心をひきつける何かが必要なのでしょうね。
ええ、私は裏千家お家元の献茶式に参じたことから、ほんとうにすばらしい町だと感動いたしましたよ。こうした伊勢まいりという行いが、ねがわくば商業主義に傾斜しない在り方で、ながくながく続いていってほしいと思います。



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さいごに五十鈴川

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by tsubakiwabisuke | 2005-07-18 23:06 | 茶の道
2005年 07月 15日

伊勢神宮 おかげ通り

日本のふるさと…というフレーズが似合うのは、どこでしょうか。
山陰の出雲。また九州の高千穂。けれども私は、伊勢ではないかと…そんな風に思います。

神話にこだわっているね、と仰る方もおありでしょうか。人それぞれのふるさとは、生まれ故郷に決まっているよ、とのお声には又、頷いてしまいます。

伊勢神宮でのお献茶に参列するためにこの5月、伊勢にまいりましたが、おかげ通りという商店街を通って行くのがそれは楽しかったですね。

郵便局もここではいにしえの店先。食事どころも旅籠といった趣。客のにんげんたちだけが無風流といった感じだったかもしれません。


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さあ、気分転換をするのにここはもってこいの場所です!
招き猫はとっても愛想よく、お酌でもしてくれそうですよ~~。



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by tsubakiwabisuke | 2005-07-15 21:25 | 茶の道
2005年 07月 08日

サントゥール ペルシャの打弦楽器

今日、はじめてペルシャの打弦楽器の演奏を聴きました。
楽器はサントゥールと、その名もしめやかな語感。奏者がまたイラン生まれの魅力的な女性なのです。カメラの調子が今ひとつで、プーリー・アナビアンさんの哀愁を秘めた表情を撮影できなかったのが心残りでした。

今日、中宮寺奉賛会の総会が大阪の都ホテルで行われ、私も参加させていただいたことがこの方との出会いになりました。もともと日野西光尊ご門跡とのご縁は茶の道でした。その為、記事のカテゴリを茶の道にしたのですが、苦しまぎれといったところでしょうか。

それでは
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プーリー・アナビアンさんのうつくしい民族衣装をご覧ください。

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曲は即興的な流れも感じられ、ペルシャでは詩篇の朗読とともに演奏されていたのかもしれません。ハープシーコードにもどこか共通する音色で、やはりピアノの前身というべき楽器でしょう。
ペルシャ絨毯の緻密さ、トルコブルーとよばれる色調、人生の哀感、神への愛、それらのイメージが混然一体となって匂うような素晴らしいステージでした。

…茶の道とは確かにつながっていたと、今にして私は思うのです。


by tsubakiwabisuke | 2005-07-08 23:51 | 茶の道
2005年 07月 06日

浴衣すがたのアメリカ女性

どうもこれまでの記事は文字が小さいように思えましたがいかがでしたしょうか。エキサイトはタグでしか対応ができないブログでちょっと不便ですね。今回は規定よりサイズを大きくしてみました。

今日の画像は旧作ですがゆかた姿のアメリカ女性です。京都市内では七月の祇園祭が近づくとこうした浴衣を着た人々が増えてまいります。八月の大文字送り火の時もそうですね。夏はふだん着物を着慣れない人たちも浴衣ならと親しむようです。

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by tsubakiwabisuke | 2005-07-06 13:40 | 京都
2005年 07月 02日

雑司が谷に漱石の墓所をたずねお参りした日のこと

雑司が谷に夏目漱石の墓所をたずね私が最初にお参りした日は、2001年秋。
あれからもう4年近い歳月が流れました。松岡譲氏『夏目漱石』の解説によってこのお墓について教えられたことを思い起こします。

<十二月}二十八日に雑司が谷の墓地に愛子ひな子の遺骨にとなりして埋葬された。
一周期の時新しく広い墓地にかへ、墓を建てて改葬された。
墓は未亡人の妹婿鈴木禎次の設計になり、新様式の石塔である。
字は漱石の親友菅虎雄の筆になった。この墓地も落合火葬場とともに彼の作品の中に
描かれた有縁の地であるのである。墓地は『こころ』に、火葬場は『彼岸過迄』に。>

安楽椅子の形をデザインした石塔には、ご遺族のお気持ちが痛いように感じられました。病苦から開放され永久に安らいでほしいとの願いを…。ただ、スケールがあまりに大きいので当時から世間の評判はいろいろあったようでした。
傍らに夏目房之介さんがおつくりになった新しい小さなお墓があり、つつましい感じで私はお人柄を想いました。ふたつのお墓に私は持参したささやかな花を供えしたのでした…。

ことし5月松岡譲氏二女・松岡陽子マックレインさんが来日。故夏目純一氏夫人嘉米子さんの3回忌に出席されたとのこと。この雑司が谷霊園にもお参りされ、ふとこんな感想を述べられたのです。

「漱石の墓は、彼の好みじゃないわ。祖母はなんでも大きいのが好きな人だったですからね。でも、私はあれはあれでいいと思ってます。」

江戸っ子漱石をほうふつとする孫の陽子先生。旅行中でも毎日70回縄跳びをされ、ウオーキングが健康の元だと信じて実践される若々しさ。学究の生真面目さと、妻であり母である主婦のやわらかさが感じられて、傍にいるだけでたのしい方です。

今日はこのブログに、元新聞記者のなまずさんと掲示板でやりとりしたことどもを、なまずさんのご了解のもとに転載させていただきます。

椿わびすけ さま
いつも 励ましていただきありがとうございます。
掲示板の転載のこと どうぞ 気がねなく 転載してください。
暑くなってきました。健康にはご留意ください。 なまず。

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(172) 時代を感じました 名前 : namazu 2005年07月01日(金) 17:15
 松岡陽子マックレインさんのこと 頷きながら読ませていただきました。
 以前、訪れた雑司ヶ谷の漱石先生の墓。その墓石の大きさに驚かされたものです。お孫さんの死生観に時代を感じます。


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(171) 自然のなかに お墓に代わるもの 名前 : 椿 わびすけ 2005年06月30日(木) 09:42
くりママさんと鯰さんのお気持ち、よくわかります。お墓というものは先祖供養と結びついて日本人の生活にはなじんでいますが、最近はアメリカでも宗教を離れた自由な考え方が増えているようです。漱石のお孫さんのマックレイン陽子さんからお聞きした実話をつたないブログに書きました。
http://rendezvou.exblog.jp/


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(170) 頓田川のほとり 名前 : namazu 2005年06月29日(水) 12:09
 クリママさん 岡山のクリちゃん元気かな、いつもWeb上でたしかめ、ほっとしています。
 吉田さんとは同郷だったのですね。驚きました。「頓田川河口」が、どのあたりかな と気にはなっていました。
 どこかシャイな人でしたが、やはり生まれ故郷に思いをのこしていたのですね。あらためて あの人柄がしのばれます。
 クリママさんのHP http://www11.plala.or.jp/nayama/


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(169) 病床での書き置きを読んで 名前 : kurimama 2005年06月28日(火) 00:30
ご無沙汰しております。岡山のくりママです。
回りでお葬式が続く年頃になり、派手なお葬式に参列したり、身内だけのお葬式の話を聞いたりしている昨今なので、逝った方からの「ごあいさつ」を直ぐに「見聞録」で読みました。
思いがけないことに、その映像作家さんは私の同郷の方でした。70歳過ぎの姉が頓田川河口近くに住んでいるので電話で聞いてみると、知人の同級生だとのこと。
世界を飛び歩き、心残りのない生き方ができたから、自分のやり方で旅立つことを選んだのでしょうね。共感を覚えました。


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鯰のひとりごと
ある映像作家の死 by namazu
吉田元さん。自然と共生しながら生きてきたカメラマンでした。4月25日にガンで亡くなりました。遺言とうりに知らせることなく、家族とごく親しい仲間だけで秘蔵の酒を酌み交わして送ったようです。この人らしい「あいさつ」を再録しました。(05.06.22)

 私・吉田 元は平成17年4月25日 くたばりました。4月28日、自宅でごく近親者のみに送り出されました。通夜も坊主の読経もありません。いきなり棺に野の花を投げ込み、葬場へ直行です。今ごろは小さな骨壺の中でしょう。この上もなく暗く、いやな場所です。早々に瀬戸の来島海か頓田川河口(ふるさと)でも、あるいは八重山の海辺にでも ばらまいてもらう手はずです。地球が墓場になります。好きなときに世界中に出かけます。
 春のホオジロのさえずりに聴きいり、アルゼンチンのパンピエロ(季節風)を見たり、秋には皆さんの家の庭の片隅でコオロギを聴いているかもしれ ません、とにかく70余年の楽しい生涯でした。快い人たちーあなたのことですーに出会い、全く愉快でした。思い残すことがありません。素晴らしい一生です。ありがとう。それではー  元

by tsubakiwabisuke | 2005-07-02 22:51 | 夏目漱石