カテゴリ:本( 5 )


2008年 01月 21日

『御仏にいだかれて』 編集委員の慰労会

中宮寺門跡・日野西光尊様の喜寿記念歌集のことはこれまでもブログに載せておりますが、編集委員へ著者から謝意をこめられての慰労会が昨年暮に開催されました。

場所は京都市内のある会員制ホテル。晩餐をご馳走になり久々に編集委員のお仲間と楽しく歓談いたしました。

e0006293_1553374.jpg


e0006293_15535979.jpg


e0006293_15541997.jpg


e0006293_1555924.jpg


e0006293_15553769.jpg


e0006293_1556112.jpg


北野天満宮宮司の浅井先生、冷泉様、その他なつかしいお顔が並びます。編集委員ではないのですが、お骨入り頂きました思文閣出版の長田様もほろよい機嫌のようにお見受けいたします。妙蓮さんというご門跡の愛弟子の方は野の花のように可憐なお嬢さんです。

e0006293_1610193.jpg


e0006293_16185422.jpg


e0006293_15585151.jpg


e0006293_1622278.jpg



私がカメラを操作していますと、すごいカメラですねえ、と興味をもたれたバーテンの若い男性もつい被写体に。最初は室内光のもの。もう一枚はストロボで撮ったもの。さて、どちらが面白いでしょうか??

宮中の歌会はじめのような和歌の節回しで、ご門跡を寿ぐご自身の歌を直立不動の姿勢で、朗々とよみあげられた92歳の浅井様。しみじみと有り難い思いに浸りました。

ご門跡様からはご染筆の色紙が編集委員へ贈られました。各人の希望の語句をお書きくださったもので、私は「拈華微笑(ねんげみしょう)」をお願いしておりました。釈尊の説法といいますより、中宮寺観世音菩薩の微笑を思い浮かべてのことでございました。

よい勉強をさせていただきましたこと、ご門跡様と皆様方に感謝しております。

ありがとうございました。





by tsubakiwabisuke | 2008-01-21 16:04 |
2007年 04月 06日

岡倉天心著 千宗室序と跋 浅野晃訳 『茶の本』 のレビューを書く


e0006293_19525327.jpg


対訳・茶の本 (ペーパーバック)
岡倉 天心 (著),  浅野 晃 (翻訳),  千 宗室 (著)


『茶の本』は、1906年(明治39年)、ニューヨークの出版社から出版された岡倉天心の英文の著書であることを、ご存知の方は多いはずです。

天心の英文の著書には、「東洋の理想」「日本のめざめ」「茶の本」と三部あり、これらはいずれも外国の読者に向けて書かれたのでした。

ヨーロッパの各国で翻訳され高い評価を受け日本へ逆輸入された天心のエッセイですが、わけても人気が高い「茶の本」は何人もの訳者によって次々に和訳されました。

しかし、名訳として知られた角川文庫版の浅野晃訳が昭和45年に絶版となり、寂しく思っていましたところへ、講談社の英断によって再び世に出たことは喜びにたえません 。(1998年3月第1刷発行)


本書は、千宗室(鵬雲斎)家元の序文・跋文をもって、原文と浅野晃訳の対訳で構成されており、岡倉天心の警醒の心を現代に伝えるに、この上ない最高の書物だということができます。

家元の序文に、天心と裏千家第11代玄々斎の共通点を解かれているのも説得力があり注目されるところです。
旧海軍の特攻隊員でもあった家元は序文の最後に次のように結語されています。

◇◇◇

 この本の終章で、天心は千利休の死について素晴らしい一節を残している。千利休は茶の湯を大成した人物であり、私は彼の残した偉業を十五代家元として今自分が受け継いでいることを誇りに思っている。死は、と天心は言う。それを単に否定的な概念と考えるべきではない。「美しいものとともに生きたものだけが、美しく死ぬことができる。」と。利休の死から400年がたち、茶の湯の歴史を振り返り、さらに21世紀へと思いを馳せる今こそ、もう一度こ『茶の本』に目を向けたいものだ。

十五世 千 宗室

     京都にて  1989年10月  


作成日時 2007年04月06日 18:54


________________________________


これはミクシイのコミュにレビューとして書いたものです。
私の管理する茶道のコミュニテイは、参加メンバーが増加して現在、6、860人になっています。
新会員が自己紹介をしてくれますが、一様に、こんな書き込みしています。

「裏千家のお茶に魅力を感じています。」
「もっともっと、知識を得たいと思います。」
「これから一生懸命」精進するつもりです。」

初心とは、本当にいいものですね。
この本のレビューが少しでもお役に立てれば望外の喜びでございます。




拙サイトに掲載している旧作に、岡倉天心について書いたものがございます。

天心が送った『猫への手紙』


天心『茶の本』について  和訳と訳注について 






by tsubakiwabisuke | 2007-04-06 20:11 |
2007年 01月 15日

スナフキン ムーミン村 フィンランド

ミクシイのマイミク、がんばるHiromba。さんはドイツから愉快な情報を送ってくださる男性です。
お若くて独身、ドイツの企業でバリバリ働いていらっしゃる「オススメ物件」で~す。
え??物件??

いえね、お嫁さんにヤマトナデシコがふさわしいと私は睨んでいるのですが、そんな方がいらしたら是非お世話したいですねぇ。あら、差し出がましいいですか。 ごめんなさい。


e0006293_1762776.jpg 引用
「イラスト左、スヌスムムリク。 え?誰だって? スヌスムムリクだ。スナフキンとも日本では呼ばれている。 スナフキン(Snufkin)は独自の名を持っているように見えるが、スナフキンという名は英語名の転用であり、原語ではスヌスムムリク(Snusmumrik)。ムーミン谷の他の住人同様に、やはり名前には、種族名(ムムリク)がついてくる。 」
http://www.akatsukinishisu.net/itazuragaki/id/moomintroll



ここからはわびすけの話。
私は、ムーミンのファンというほど詳しくないのですが、ムーミンママには関心をもっていました。
じつは、こんな記事を書いているのです。


11・18「ムーミンママ」 フィンランドのタルヤ・ハロネン大統領


『ムーミン』とは、フィンランドの児童文学作家・トーベ・ヤンソンの人気作品ですが、妖精にも似た男の子・ムーミンのママとはどんな性格なのでしょうか。

 家庭的でおおらか。訪問者があればいつも手作りの料理でもてなす……優しくて洞察力のある賢いママ。

そのムーミンママの名を、タルヤ・ハロネンフィンランド大統領につけて親しんでいるフィンランドの人々に敬愛とあこがれのような気持ちを私は今も持っています。


2・12凍った海を散歩するフィンランドの人々と ハロネン大統領再選




さて、マイミクのがんばるHiromba。さんの情報をそのままここにお伝えいたしましょう。


「原語ではSnusmumrikは、「いつも口にスヌースをいれているやつ」という意味だとか。スヌースはスウェーデン版かぎタバコ。スウェーデン人の営業マンが良く口に入れていた。副流煙が無い為、他人と環境にも優しい。

英語でSnuffが「かぎ煙草を吸う」という意味なので、英語訳した人はそんなところからスナフキン(Snufkin)と名付けたのだろう。日本のムーミンは、スウェーデン言語からではなく、英語からの翻訳と思われる。


ちなみに、スナフキンとミイ、ミムラの姉さんは母が同じ。
ミイとミムラの姉さんは全姉妹。スナフキンは二人の異父弟という複雑な家庭環境に育っている。

スナフキン度チェック
http://www.ne.jp/asahi/sin-1/music/suna/sunado.htm

「スナフキン占い」
http://www.ne.jp/asahi/sin-1/music/suna/uranai.htm




著者のトゥーウ゛ェ・ヤンソンさんは、よくインタビューで「スナフキンのモデルはだれですか?」と聞かれ、こう答えたそうです。
「スナフキンのように自由で、何も怖がらずに、やりたいと思ったとおりにできたらどんなにいいかしら」

おそらくスナフキンのモデルは、人間の誰もが求める自由のこころなのかも知れませんね。


わびすけも占いをやってみました。

キャラクターは出ました。ちょっとマユツバ???

>「言わずと知れたムーミンです。弱いものに優しく、いたわる心を持っています。あなたはとても人の気持ちを大事にできる人です。自然と周りに人が集まってくるでしょう。」

褒めすぎ、ホメコロシに近いですわ、、、。

>【結果】あなたのスナフキン度は 66%でした。
あなたのスナフキン度は高めです。今の生活を捨てられればスナフキンになれるでしょう。

今の生活を捨てられれば、ってですかぁ~~。それ、ひどいですよ。うちの宿六さんもいてはりますしな。ま、スナフキンになれなくってもよろしおす(*^_^*)。



みなさまも、お正月のすごろくの続きに、試してごらんになりませんか?







by tsubakiwabisuke | 2007-01-15 16:59 |
2006年 11月 23日

千 明史さんの処女詩集『chori』のレビューを書く

e0006293_16145293.jpg


内容(「MARC」データベースより)
ぼくはうたっている 隣の国からきた友だちと 交差点で信号を待ちながら 隣の国のブルースを-。声に出すために書かれた詩「spoken words」をパフォームする21歳の詩人による詩集。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
chori
詩人。1984年、京都生まれ。「spoken words」(声に出すために書かれた詩)をパフォームする。2005年、第1回「詩学」最優秀新人賞受賞。2006年、1st ALBUM 「REDEMPTION SONGS」をリリース(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

写真 徐 美姫

--------------------------------------------------------------------------------
商品の詳細

単行本: 95ページ
出版社: 青幻舎 (2006/09)
ASIN: 4861520851




わびすけ  ブックレビュー

裏千家家元のご長男である千明史さんの初めての詩集です。早くからインターネットで詩や音楽活動を行っていらしたご縁で、私も一読者としておついあいがございました。

千ヨリ、と署名したことから友人間でちょりというニックネームになったというchoriさん。

ここにある21編の詩のなかで私が好きな1編は36ページの「あたたかく抱く」でした。





あたたかく抱く


ヒロタくんの墓参りに福山へ向かう
高速バスのなかで空ばかりみていた
ちょっとした旅
ひとつ前の座席の背中がほつれている。

ヒロタくんのお墓は
見晴らしのいい高台にあるせいか
天国にかぎりなく近いようだった
朝のまんなかで
誰かを呼ぶ声がする
その誰かになってみたい気もした
あわせた手の無力さに驚く

隣家からたちのぼる焚き火のけむり
見知らぬ訪問者に興奮した犬の雄たけび
ひびわれた石垣をぬけて
山を降りる

ワイン半分も空けないうちにねむりこんでしまう
ねこのような寝顔を
これから先 何度みられるだろう
見られるわけはないのに イメージは残酷だ
詩をかいているということがぼくをひどく悲しくさせる

いっしょに飲みたかったひとばかりが
いなくなってしまう
紋切り型の回想はやめにしたい
けれどそのひとたちのあたたかさがそうさせてくれない

2004年 3月 木屋町 
ヒロタくんと最後に飲んだ酒の味を
ぼくは覚えているだろうか

今はただ 
いつか忘れてしまういくつかのことがらを
逃がさぬように ゆっくりと
あたたかく 抱く





ヒロタくんという友人はたしか不幸な死に逢われたのでしたね。choriさんの人柄があますところなくこの詩に伺えるようです。

若くして逝く人々がきわめて増加しているのが悲しい日本の現状です。一度はご自分もそのことを考えたというchoriさんですが今は力強く活動され、このような爽やかな詩集を世に出されました。

既成のルートに乗っかるのではなく、自分自身の能力を信じ仲間とともに新しい文化を創造しようとする若者の、ひとつの姿がここにあるのではないでしょうか?



作成日時 2006年11月22日 20:14





一昨日から急性胃腸炎で難儀しているところです。予定の外出はすべて中止。
大徳寺開山忌のお家元の献茶式のご招待にも欠席せざるを得なくなりました。

今日はうれしいことに、主人がおかゆを炊いて、梅干といっしょに運んできてくれはりました。なんと勿体ない、とソトズラでは申しますが甘えきっているので主人のほうはいい迷惑です。

おかゆの炊き方はじめてなのに上手でした。こうしているまに新刊書のレビューをこっそり書いたりしてました。すみませんな~~~


これはミクシイに書いたものなんですよ。もうひとつのコーナーには反響があり盛り上がっています。




イベント 茶道をたしなむ人の別の活動 書物・音楽・社会奉仕


わびすけ

おすすめレビューに、choriさんの処女詩集『chori』について書かせていただきました。

http://mixi.jp/list_review.pl

現在、茶道への直接な関わりは、ご宗家のご長男であること。三大忌などには今日庵席のお手伝いでお目にかかることがございます。きりりとした袴姿がお似合いです。

お小さい頃にたしか北野天満宮のお献茶をなさったように記憶しております。
その明史さんがちょりというニックネームで詩をかかれ、ポエトリー・リーディングという音楽と詩の朗読を行い、多くの仲間とともに京都から各地に活動の輪を広げています。

昨年は『詩学』最優秀新人賞を受けられたましたが、じつはお母さまの誕生日のお祝いにするとの約束を実現されたのでした。

choriさんはリズミカルなラップに乗って詩を読み聞かせる新しい詩の形式を作りました。ご出身のノートルダム小学校で実演があった時などたいへん好評だったと、私はシスターからお聞きし喜んでものです。

茶道の心という点では、素直でいらっしゃると申し上げるのは失礼でしょうか。私からみれば庶民性というところが人を惹きつける要素ではないかと。


周囲が奉るのはほんとうはご不自由のように思われますね。
これからの茶道の世界に、その純粋さで新しい風を入れてくださるのではないかと私ははるか未来を思い浮かべるのです。

わたしの過去の日記に、choriさんとの出会いを書いております。
画像は17歳のころ、choriさんから当時いただいたものでした。





皆さまからの反響が盛り上がっていますが、ミクシイは会員制のコミュですのでここでは割愛させていただきます。。

自分の書いたものや画像でしたら肖像権侵害にもなりませんからいつもそればかりになるのです。ほかはやはり気を遣います。

何度か実際に写真をアップして、
「モデル料払いましたか?」といわれ、オタオタしたことがございました。






by tsubakiwabisuke | 2006-11-23 16:18 |
2006年 09月 27日

前世にこんな伝説が???

ネットでは、「お遊びの占い師」がいて無料で占ってくれます。
漫画本に出るような特殊な用語が出て、ちょっとわかりにくいのですがその扉を開けてみました。

「伝説のあなた」  伝説の扉をあける。。。


「伝説のあなた」とは?
「あなたの伝説を読む事が出来ます。
運が悪ければ生まれてすぐに死んでしまいますし、
運が良ければいつまでも生き続ける事ができるかもしれません。
すべてはあなたにかかっています。
さぁ、名前を入力して、あなたの伝説の扉をあけてみてください。。。」


そこで、おそるおそるwabisukeとキーボードから入れてみました。
こわ~~い伝説が出るのでしょうか?

以下が、占い師のおことばです。深呼吸をしてからご覧くださいませ。



1歳の時、ためらいながらもヌードを披露し、「スコラ」の巻頭に掲載。タイトルは、「wabisuke・1歳・処女」
(あ、そうですか。世界中でヌードでなく、お生まれになった方があったのですかね?)


2歳の時にスーパーwabisuke人として覚醒した。
(コンビニですか?覚醒したのはミルクを飲んだ時かもしれませんわ。。)



4歳のとき、真紅のベヘリットを拾う。
(すでに、拾うという才能を身につけてたわけですな。ベヘリットがなんのことやら。)



11歳ごろ、三輪車で近所のパトロールに精を出すようになる。
(三輪車パトロールは、しんどかったんじゃないですかぁ~)



時に21歳、高校生ブルセラシンジケートのボスとして君臨するも留年。
(ブルセラシンジケートのボスって意味が、わからしません。留年なら分かる。。。)



それから何年が経過したろうか、wabisukeは恐るべき魔剣士に成長していた。
(カッコはどうでもいいですが、日本刀ではなかったようで。。)



象が踏んでも壊れないwabisukeとして一躍アイドルデビュー
(まさに硬派のアイドル!象もアキレタんじゃないですか?)



コマネチのアメリカ亡命を手助けしたのは、実はwabisukeらしい。
(へえ、コマチネに恋をしたのですか?その気があったとは全く気がつきませんでした。)


まだまだ年齢があがるにつれどんなおことばが出るやも知れず、打ち止めにいたしました。








by tsubakiwabisuke | 2006-09-27 22:04 |