カテゴリ:ねこ( 18 )


2008年 02月 10日

歌川国芳の浮世絵に猫が主人公になる

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作者:一勇斎国芳  出版年:弘化4年~嘉永5年(1852) 
大ネズミを退治した猫が武芸者に芸の奥義を説いている図



ねこは鼠を捕ることから日本では重宝され、招き猫にみられるように人々の暮らしに必要な生き物とされてきました。浮世絵に猫がさまざまに描かれているのをみても、日本人の「その心とまなざし」が感じられます。あれ?どこからか借りてきたキャッチフレーズ。。。

さて、歌川国芳の浮世絵 「猫飼好[みようかいこう]五十三疋[びき]」は傑作といっていいでしょう。猫に対する愛情はかぎりなく深いものがあります。

東海道五十三次をもじってつけたタイトルも、江戸時代の諧謔精神でおもしろいものすね。

それでは、浮世に出てくるねこの姿をお楽しみくださいませ。

★1.猫飼好五十三疋 [みようかいこう]五十三疋[びき]」 上

http://www.cat-city.com/museum/ukiyoe/exbit/kuniyoshi01.html

☆画像はそれぞれクリックしてご覧くださいませ。拡大していっそう楽しくなります。

宿場のほかにも、「猫の妙術」は面白いです。にんげんに猫が教えるの図なんです。武芸の達人とは言いがたい殺気だった人間に対して、鼠捕りの名人(?)である猫のこのゆとりある表情!

なんといいますか、悟ったような平らかな武芸の極意を無言に語っているように見えるではありませんか。

猫がふところに大事に抱えているものが何だかお分かりになりますかしら? 

http://www.cat-city.com/museum/ukiyoe/giga11.html

★2. 猫飼好五十三疋 中
http://www.cat-city.com/museum/ukiyoe/exbit/kuniyoshi02.html 

★3. 猫飼好五十三疋 下
http://www.cat-city.com/museum/ukiyoe/exbit/kuniyoshi03.html

終点の京都がまた、いいと思います。
猫と鼠と、それを皮肉る者と、作者の面目躍如です!






by tsubakiwabisuke | 2008-02-10 12:18 | ねこ
2007年 11月 13日

親ばか の わたくし ドラと過ごした日々

老いを敬います 茶室の道庫
http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/09.23keirou.html


植物図1 ・酔芙蓉 
http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/dejikamenosyokubutuzu1.html


椿の花咲く家に
http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/tsubakisakuie.html


雨の日のドラ
http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/amenohinodora.html


ドラ梅雨の晴れ間に
http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/doratsuyunoharemani.html


ドラ接写 2000年9月29日
http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/dorasessya.html




タイトルに書きましたように、親ばかのわたくしです。
これで思い出のページは終わりではないかと思います。

みなさま、長い間、おつきあいいただきまして、ほんとうに有難うございました。





  

by tsubakiwabisuke | 2007-11-13 23:16 | ねこ
2007年 11月 08日

ドラはコスモスの花に埋もれた後 真っ白いお骨になりました

最近の世相は、肉親間の虐待、殺人があとを絶ちません。弱い者を攻撃の対象として憂さを晴らすという非人間的な心理がじわじわと社会に浸透しているような恐怖を感じることがしばしばです。

かれらは、「無抵抗だから面白い」というのですが、これこそ「いじめ」の根源であり、それをやんわりとした態度でたしなめたのは落語に出る昔の「ご隠居さん」ほか、人生経験のあるお年寄りでした。ただ、今はそれを聞く耳をもたない世の中になってしまったのでしょうか。

獣医のS先生はご高齢ですが、若々しい情熱をお持ちの方です。先年、私は記事に書くために電話で取材させてもらったことがありました。もちろん無料です。こころよくご意見を述べてくださったのをさっそくまとめたものがIT新聞への初記事となり、初受賞となったことを忘れません。以下一部引用。

「専門家の意見を聞いてみたいと思い、飼い猫の主治医ともいうべきS獣医師に聞いてみた。S先生は京都府立医大出身の医学博士で、経験豊かな獣医師である。

 「私は、その事件を知らなかったので獣医仲間に尋ねてみましたがね。皆、猫が人間の足指を喰いちぎることはあり得ないというのが一致した意見でしたな。歯型が上下必ず残るので見れば判りますよ。狼の歯とは猫は違う訳で。、、、」

猫にかじられて足の指を失った記事について 

先生は信念をもって獣医の医療に当たられるドクターです。本来なら医大の研究室に残られるはずが開業医となられ、それも昔ながらの診療室で助手2名と先生を頼って来る患者の動物&飼い主を入念に診察され治療に当たれています。

どうも若い時分からややこしい人間世界に達観され、純真な動物にこころが動いたようです。いわゆる栄華を求める処世術は大嫌い。医院を大きくすれば患者さんに負担がかかるので小さいままで結構、とポツンと仰います。患者の数も多くないほうが有り難い、じっくり診療が出来ることが望ましいという信念ある先生を見ますと、動物だけでなく人間も見てほしいと思ってしまうのです。

先生の犬のお墓のある称念寺に今日はドラの遺体をかかえて行ってまいりました。華奢な女性のご住職が出てこられ、「猫たちといっしょに暮らしています」と微笑まれ、動物供養のお堂へ案内してくださいました。

浄土宗のお経をあげて供養をされたあと、北白川霊園を紹介されて私ども家族はタクシーで大津の境目の山深い坂道を通って火葬場に着きました。私が胸に抱えていたのは、ドラが時々入って遊んでいた小さい紙箱にいっぱいのコスモスの花々に埋もれたドラの遺体でした。

焼き場に運ばれた後、待つこと50分。別の建物に係りの方がお骨を運んでこられ説明を聞きました。点々と繋がる長い尾っぽの骨、背骨、手足、喉ほとけ、頭蓋骨。まっしろいお骨で芸術品のように見えました。それを白木の箸で丁寧に家族が骨入れに入れます。器は白いホーロー製で蓋をしたあと、金襴風の袋に収まり、合掌しつつ受け取りました。

係りの方は、丁寧な言葉遣いで、「ご遺体は十八年生きられたというには、しっかりとした背骨で砕けることもなくいい骨格だと思います」といわれ、ホロリとなりました。木のぼりをしたり、屋根に乗って自由に歩き回ったり、鼠もとってきたり、そんな気ままな暮らしが出来たからでしょうか。

白い毛がうす汚れてきても洗うでもなく、放っておいたのがよかったでしょうか。こんなに長生きしたことを感謝するばかりです。ご近所の方々にも蔭ながらお世話になりました。

お骨は自宅に持ち帰りました。仏壇の前の棚の上に塔婆とともに置かれています。お天気のいい日に、ドラが好きだった大木の根っこの土にお骨の一部を埋めてやろうと主人と話し合っています。

ドラ と 師匠の たいぼく

老境に入ったドラ
 
ドラの小さな秋

へこ とこ ねこ






by tsubakiwabisuke | 2007-11-08 22:35 | ねこ
2007年 11月 06日

ドラは今夕 成仏しました

たくさんの見知らぬ方々が暖かくお見守りくださいまして、有難うございました。

今夕、居間のホームこたつの布団のなかから上半身を出して首をかしげたまま、ドラは息絶えておりました。一時の痙攣はございましたが、それほど苦しむこともなく、老衰によって天寿をまっとうしました。人間で言えば90歳になりましょうか

老いは残酷というべきもので、元はきれいな顔をしていた猫でしたが同じ猫とは思えない変わりようでした。死臭に近いものが漂うのも現実のすがたです。ただ、厳粛に受け止めるほかないのでした。

けれども、尊いいのちであることには変わりがありません。表面的な変貌を遂げていても、ドラは成仏したのです。今は静かに微笑しているようにもみえるのです。

最期には、砂糖水をプラステックの注射器に入れ、口にそっと流し込んでやりました。数時間前にはそれをゴクンと何度も飲んでくれていたのです。でももう、水が口端から流れるだけになっていて…。

朝、おそるおそるドラを抱きますと、私の目をまっすぐに見て小さい声をあげて鳴いてくれたことが嬉しくてうれしくて。それから獣医さんの元に行きました。

「おお、生きてましたか。お茶で言う一期一会ですな。」

先生は点滴をされ、ひとこと仰ったのです。

「今日かもしれませんよ。」

先生の犬たちのお墓があるという旧いお寺に、先ほど、ドラの供養をしてもらうように連絡をとったところです。明後日、家族そろって遺体をお寺へ運び供養をしていただくことになりました。

そのお寺のご住職がいわれるには、「獣医科のS先生は本当にご立派な先生だとみなさんからお聞きしています」。その通りですとも!私たち家族はどんなに感謝しているかわかりません。

みなさま

有難うございました。私的なことで申し訳なく存じますが、取り急ぎご報告させていただきました。ドラの母より。





by tsubakiwabisuke | 2007-11-06 23:29 | ねこ
2007年 11月 05日

今日明日がヤマ わが猫の寿命

秋の好季節ということで、祝いごとが続きました。教え子の結婚式・披露宴からさる会社の70周年記念の祝賀会。招かれる身ととしては有り難いと思います。

ただ、わが家の猫が人間の年でいえば90歳前後の高齢で、最近とみに弱ってきました。老衰と諦めていたものの、ニャ~という声さえで出なくなりました。人間のぁ~という小さな声をあげる感じなのです。

水だけ飲んでなにも口にしません。骨と皮に痩せたこの子を胸に抱いて今日は思い立って主治医の獣医科へタクシーで行ってきました。これまではどんなに嫌っていた医院でしたが、もう抵抗する力もなくじいっとなすがままにしておりました。

「10ヶ月診ていませんよ。う~ん、ガリガリに痩せましたな。」

看護師さんが量りにかけると2,5キロになっていました。元気のいい時は5キロでしたから半分の軽さです。抱くと子猫だったころを思い出します。

尊敬するS先生は診察されながら、「今日明日がヤマですな。点滴をしておきましょう。」

体温が35度になって冷えていました。

「もう感覚がなくなっているので、充分暖かい部屋にいるようにしてあげてください」

「それから猫のきものは、フエルト地のあたたかい布で、手足が出るほどの穴をあけて背中でとめるものを作るといいですよ。これは洗いざらしですが」

と、一枚の布を下さったのです。ドラの最期の晴れ着になるのかと思うと先生のやさしさがありがたくて涙が出そうになりました。自宅に帰って居間の戸をしめきって猫といっしょにいます。これからきものを縫ってあげようと思います。

寿命と思えば諦めもつきますし、人間のように病院で人工呼吸器を無理やりつけられ、たくさんの管をつけて生きなければならぬ有様ではなく、自然の衰弱のまま、あたたかい居間で最期のときを送ることができれば恵まれたことかもしれません。

十九年近い年月、家族として大きい癒しを与えてくれたドラちゃん。苦しみの表情もありのままに出しておくれ。居間の中でオシッコとウンチをしておくれ。できれば好きだったお湯をピチャピチャと飲んでおくれ。

あるがままのドラちゃんがみんな好きなんですから。







by tsubakiwabisuke | 2007-11-05 12:35 | ねこ
2007年 09月 22日

長老ねこの不思議

ねこの鳴き声には、訴えるものがあります。ドラのことをいいますと、最近からだの苦痛を訴えるような声をあげることが多くなりました。首とお腹の両横がふくれ、食欲もなく新しく汲み替えた水ばかり飲んでいます。

獣医科にも久しく行ってないのですが、先生に留守電を入れておきました。この先生は必ずお返事をくださるので猫の病状といいますか、いまの様子を話しました。

これまでの経過を書きますと、腹部に大きい癌ができているという診断を受けていました。高齢だから手術もしないほうがいい。そっと余生を送らせてやるといいだろうということで、私もなっとくの上で病気のねこと付き合ってきたのです。

「番号、2685 M、Cat です。ご無沙汰しています。
食欲がなくずいぶん痩せました。尿と便も出ないようです。きのう、お腹をさすってやっていましたら、運よくピューと細い噴水のようなオシッコが一分間くらい出ました。でも尿だけで終わりです。癌は大きいのがお腹の両横に二つ、首に一つ、ふくれたままあります。医院に行くのを嫌がりますので何か楽になるお薬をいただけますでしょうか?」

まあ、患者としては、不届きな依頼でしょうねえ。でも、こんな話が出来るような理解のある獣医さんなんです。3時間くらい後になってからお電話がありました。

「カルテを見ましたが、7ヶ月来てもらっていませんな。連れてこれませんか?」

「すみません。洗濯ネットをかぶせて袋に入れていくのを嫌がります。医院から帰ると2,3日とてもおびえて近よらなくなるのです。18歳ですからそっとしておいてやりたいのです」

「老衰でしょう。砂糖水をやると力がつきますよ。コーヒー用の砂糖シロップ、小さいのを店屋に売ってますからそれを2倍に水でうすめて飲ませてみてください。葡萄糖注射と同じような効果があります」

「ありがとうございます。便が出ないのはどうしたらいいでしょうか?」

「子供用のイチジク浣腸を買ってきて少しだけいれてみますか。しかし食べないのであればそんなことは必要ないでしょう」

「本当にありがとうございます。機嫌のいいときにまた連れていきます。教えていただいたことを様子をみながらやってみます。」

いい先生でしょう。こんな立派な獣医の先生がいらっしゃるから、いつも安心していられるのです。このところ、ドラはもう、最期が近いのではないかと思うこともありました。主人が東北へ旅行に出かけていましたし、留守中にもしものことがあれば、などと独り思いわずらっておりました。

友人からの電話で、「大丈夫です。ねこはちゃんと分かってますよ。きっとご主人さまを待ってくれてると思います」ということばを聞いて、目頭があつくなりました。

それが昨夜のことです。山形から主人が帰ってくる知らせがあって、玄関の戸の開く音がしましたので、玄関に出て見ると二畳敷きの畳の最前列にねこが行儀よく坐っているではありませんか!

あんなに体が弱っていたのにそんなそぶりも見せないで、主人が留守だったこともみんなわかっていたんだ…、胸がいっぱいになりました。重病のねこを看取った先の友人の話は本当だったのです。

主人はなにごともなかったように、ねこの頭を撫でて「ただ今」と声をかけていました。私への言葉はねこの後になりました〈笑)。
家の中がいっぺんに明るくなった気持ちです。今日もドラは布団のうえに横たわって休んでいます。すこし食べたようすですし、当分大丈夫でしょう。

ありがとうね。ドラさん!







by tsubakiwabisuke | 2007-09-22 02:00 | ねこ
2007年 03月 04日

オスネコでも ひな祭り

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ハマグリのかまぼこ雛はお気に入り。

うちの猫はどうもわけの分からない生き物です。
野良猫たちが庭に侵入してくると、防衛本能から唸り声をあげ、毛を逆立て、なんとも勇ましい格好をするのです。

獣医の先生から以前、こう、諭されたことがありました。

「お前なあ、もう年なんだから、ボスの座はほかのヤツに渡してやれよ。いつまでも強いわけはねえんだからな。」

17才を過ぎたオスネコです。さあ、聞こえたかどうか、ドラは知らんふりをしていたみたいでした。あれから体の不具合が続き、それどころではなくなったのです。でも、けっこう元気にはしているのでどうもわけが分からない気持ちになるのです。

パソコンのそばに来て、なにかや話しかけます。もちろんネコ語です。


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癌と腎臓の病気持ちですからなんでも食べるということはできません。
気に入ったものだけ少し口にします。大きい癌のため、腸がお腹の端っこに追いやられているのです。ドラの好きなものがみつかるとこちらのほうが大喜びをしてしまいます.


ハッカクという北海道の珍魚が生協に出ていたので買ってきました。これがたいそう気に入って食べてくれました。こちらも少し食べると美味でしたよ(笑)。


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にんげん用に、ちらし寿司を作りました。ニンジン、ゴボウ、レンコン、シイタケ、タケノコ、キヌサヤ、ササゲ、玉子焼き。切り方が雑ですが、味は中々いいという家人の話。(ほんまかいな)

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うれしいことに、初天神で買いましたツバキの「千羽鶴」のつぼみが開いたのです。
それからもう一つ、たのしい出会いがありました。タカシマヤの喫茶室でカガヤク中年ふたり組。同志社前の「わびすけ」には、学生時代よく行きましたと談笑。。。

明るく良識ある京都女性、ここにあり~~~♪。。。
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by tsubakiwabisuke | 2007-03-04 16:38 | ねこ
2007年 01月 17日

口上:がまの油 病気の猫に聞かせたい

うちの猫はことしで数え年18歳になります。
獣医科の先生のおことばでは、人間の88歳になるとか。
「これだけ長く生きてるんやから病気を持っておってもよしとせな。」

数ヶ月前からドラのお腹が妙にふくれてオスなのに妊娠したメス猫のようでした。
腎臓の持病を持っていましたし、そのほうはなんとか小康状態になったのでほっとしていたのです。でも内心、首に出来ていた前々からの腫瘍がガンになって、もしかしたら転移したのでは??と疑いが沸くのでした。

松の内を過ぎて獣医科に行きましたが、行くまでが大変。ドラを洗濯用ネットに入れた途端、ピューっとオシッコを噴射。はげしく私のダウンジャケットに降り注ぎ…。こうしてともかく獣医さんに診察して頂いたのです。

レントゲンを撮り、透視もした診断の結果、腹部にソフトボールくらいの癌が出来ていたのです。
「手術は出来ないし、今はこのままそっとしてやったほうがいいでしょう。苦しむようになったらそれはその時考えるとして。」

先生は、「動物には、人間は世話になってきましたからな。」といわれ、私は思わず涙がこぼれました。ほんとうにその通りなんです。でもドラは何事もなかったような顔をして家の中でじっとしています。ドラ、ありがとう!


昔から「がまの油」がなんにでもよく効くとか、いわれますね。
せめてその口上だけでも聞いて見たいと思います。すみれさんからお知らせ頂きました。


口上:がまの油

サァーサァーお立会い(たちあい)、御用(ごよう)とお急ぎで無い方はゆっくりと聞いておいで、見ておいで、遠目山越し笠(とおめやまごしかさ)のうち 聞かざる時は物の出方善悪黒白(でかたぜんあくあいろ)がとんと判らない。
山寺の鐘がゴーンゴーンと鳴るといえども、法師(ほうし)きたって 鐘に撞木(しゅもく)をあたえなければ、鐘が鳴るのか、撞木が鳴るのか、とんとその音色(ねいろ)が判らない。

サテ  お立会い 手前ここに取りい出したる陣中膏(じんちゅうこう)は、これ「がまの油」、がまと言ったってそこにもいる・ここにもいると言う物とは物が違う。
  「ハハァーン、がまかい がまなら俺んとこの縁の下や流し下(もと)にゾロゾロいるよ」と言うお方があるかもしれないが、あれはがまとは言わない、ただのヒキガエル・イボガエル。何の薬石効能(やくせきこうのう)はないよお立会い。

サテ お立会い、手前のはこれ「四六(しろく)のがま」四六五六(しろくごろく)はどこで見分ける。前足の指が四本(しほん)で、後ろ足の指が六本(ろっぽん)これを名付けて ヒキ面相(めんそう)は「四六のがま」だ。

サァーテ お立会い、このがま何処に住むかと言うと、ご当地より はるか北、北は常陸の国(ひたちのくに)に筑波の郡(こおり)、古事記、万葉の古(いにしえ)より関東の名山(めいざん)として詠われて(うたわれて)おりまする筑波山の麓(ふもと)、おんばこという露草・薬草を喰らって育ちます。

サテ お立会い、 このがまからこの油を取るには、山中(さんちゅう)深く分け入って捕らえ来ましたるこのがまをば、四面(しめん)鏡張りの箱の中にがまを放り込む。サァー がんま先生、己(おのれ)のみにくい姿が四方の鏡に映るからたまらない。

ハハァー 俺は何とみにくい奴なんだろうと、己のみにくい姿を見て、びっくり仰天、巨体より油汗をばタラーリ・タラリと流す。これを下の金網・鉄板に漉き取りまして、柳の小枝をもって 三七は二十一日の間、トローリトローリと煮たきしめ、赤い辰砂(しんしゃ)にヤシ油、テレメンテーナ、マンテイカ、かかる油をば ぐっと混ぜ合わせてこしらえたのが、お立会い、これ陣中膏はがまの油だ。

サテ お立会い、このがまの油の効能はと言うと、疾、がんがさ、よう梅毒、ひび、あかぎれ、しもやけの妙薬、まだある、前にまいれば陰金田虫(いんきんたむし)、後ろにまいれば脱肛(でじ)、痔核(いぼじ)、痔出血(はしりじ)、鶏冠痔(けいかんじ)の他、切り傷一切まだある。大の男が七転八倒、畳の上を ゴロン・ゴロンと転がって苦しむのがお立会い、これこの虫歯の痛み、だが、手前のこのがまの油をば、ぐっと丸めて歯の空ろ(うつろ)に詰めて、静かに口をむすんでいる時には、熱いよだれが、タラリ・タラリと出ると共に、歯の痛みはピタリと止まる。お立会い。まだまだあるよ。刃物の切れ味をも止める。

サテ お立会い、手前 ここに取りい出したるは、我が家に昔から伝わる家宝・正宗が暇にあかして鍛えたと言う代物である。実によく切れる。エイッ 抜けば玉散る氷の刃。

ここに、ちょうど一枚の紙があるから、切ってお目に掛けよう。一枚の紙が二枚、二枚の紙が四枚、四枚の紙が八枚、八枚が十と六枚、十六枚が三十と二枚、三十二枚が六十四枚、六十四枚が一束(いっそく)と二十八枚。ほれこの通り 細かくよく切れた。ふっと散らせば、比良(ひら)の慕雪(ぼせつ)か嵐山には落花の吹雪とござい お立会い。


サテお立会い、これ程よく切れる天下の名刀でも、一度(ひとたび)このがまの油をば付ける時、たちまち切れ味が止まる。差し裏・差し表に付けまする。サァーどうだ、たたいて切れない、押しても 引いても 切れやーしない。
サテお立会い、お立会いの中に、「お前のそのがまの油というやつは、切れる物を、ただ鈍ら(なまくら)にするだけだろう」と言うお方があるかも知れないが、手前、大道商人はしているが、金看板は天下御免のがまの油売り、そんなインチキはやり申さぬ。このように、きれいに拭き取る時には、元の切れ味になる。 ハイ この通りだ。 さわっただけでも、赤い血が、タラリ・タラリと出る。それでは、二の腕を切ってご覧に入れる。エイッ・・・・・。


サァーテ お立会い、お立会いの中に、それ程効き目あらたかなこのがまの油 いったい一貝いくらだろうと言うお方があるかも知れないが、本日は、はるばる(      )まで出張っての大安売り、男は度胸、女は愛嬌、山で鳴くのはホーホケキョ、清水の舞台から〔筑波山の天辺から〕まっ逆さまに飛び降りたと思って一貝が二百文と言うところ、半額の百文ではどうだ。

サアーどうだ、このようにがまの油の効能が分かったら、遠慮は無用だ。分かったら、どしどし買ってきな、買ってきな。



筑波山がまの油売り口上
http://members.jcom.home.ne.jp/gamaken/index.html
当研究会は「筑波山がまの油売り口上」を後世に伝承していく為に設立され、現在65名の男女会員がいます。職業、年齢、さまざまな人たちが、趣味の活動の一環として「筑波山がまの油売り口上」を日夜 研究し、いろいろなイベントに出演して、その腕を磨いており、出演した先々では好評をはくしています。






by tsubakiwabisuke | 2007-01-17 11:12 | ねこ
2006年 11月 29日

隣家のやね ドラのひなたぼっこ

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腎臓の持病もちの、わが家のねこの話です。

この夏のはじめ、17才のドラが一時は尿毒症といわれ、しばらく脱水症状でした。

いい獣医の先生がドラの主治医でしたから、おかげで3.4回の通院で元気を取り戻しました。

ドラは気ままに、好きなものだけちょっと食べ、思うままに行動しています。それが元気の秘訣みたいですね。

わが家には2階に物干し場があります。そこからお隣の物置の黒いトタン板の屋根がみえます。

ドラはここでひなたぼっこをしていました。私が物干し場からカメラを向けると、それまで寝ていた

ドラがこちらをむいていろんなポーズをとってくれました。

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望遠レンズですからよく撮れておりませんが。


動物は自分を上手に管理できるようで、私にできるのは自由にさせてあげる位です。

食べ物は、主人がとっかえひっかえ上げています。食べ残してもいいのです。

少しでも食べていれば…。でも、今日は主人のことばに噴出してしまいました。


「高齢者用のカンズメ買って来たつもりだったが、うっかりだったな。赤ちゃん用だった。」


ドラは病気ともうまくつきあって、元気でいてくれています。






by tsubakiwabisuke | 2006-11-29 00:28 | ねこ
2006年 10月 08日

真っ黒くろ のネコ 中宮寺のダック

昨夜、ようやくアップしたのがこちらです。

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中宮寺門跡 日野西光尊 写真と文  ダックちゃん 第二編 2006年

今回は最初、ご門跡から送られてきた原稿はトラブってなぜか表示されませんでした。

それで2度目は添付メールでなく、ワードで書かれた原稿が送られたきました。

この画像を一つ一つ保存し、画像処理をしたうえで作成しました。

小さいサイズの画像は、元のままですが、これだけでは画面上、華がありません。

なぜって、真っ黒くろのネコちゃんなんんですから(*^_^*)

尤も、夏目漱石の家にいて有名になったネコも、真っ黒のネコで足の裏まで真っ黒だったのです。はじめには奥さんが飼うかどうか迷っていたところへ、「こういうネコは福ネコですよ。」という声があって、それならばと飼われるようになったそうです。

鏡子夫人の『漱石の思い出』にあるエピソードです。過去ログになりますが、私も『黒猫の因縁」というエッセイを書いています。


そこで、このブログに掲載いていました今年1月の作品をあらためて追加してまとめてみたのです。

ダックという名は、生まれたまるでアヒルのような感じだったので、そう名付けられたようです。

タマちゃんの孫になるネコなんです。

タマちゃんのことは拙サイトの一番上に掲載していますから、既にご覧になった方も多いのではないでしょうか?

日本の皇室にゆかりある由緒正しい寺院で、飼い主である尼門跡とネコとのかかわり、人にまかせるという飼い主ではなく、こうして生活の中にパートナーとして同居されていることが見所と思います。

ご本人が写真を撮られパソコンを使用して文を書かれるという正真正銘のレポートなのです。

一部、私がご相談の上で書き足したところもございますが。

現代の尼僧さんの実像という面もございますから、どうぞゆっくりと味わってご覧くださいませ。




 中宮寺・尼門跡と茶会と猫








by tsubakiwabisuke | 2006-10-08 13:42 | ねこ