blog 漱石サロン ランデエヴウ

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カテゴリ:京都( 60 )


2006年 12月 23日

シロワビスケの咲くわが家です


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拙サイト
シロワビスケが庭に咲きました

わびすけの花 いろいろ咲いてます







by tsubakiwabisuke | 2006-12-23 12:45 | 京都
2006年 12月 20日

京都 新風館 クリスマスライブ

新風館の中庭で、新人ミュージシャンたちによるライブが行われました。
無料ということもあり、噂に聞いているライブ、ポエトリー・リーディングというものを聞いてみたいと思い、寒い日でしたが出かけてまいりました。

私が新風館へついたのは午後3時過ぎでした。

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キャップを投げ捨てたちょりさん。あれ~、ぼんさん頭でした。


詩の朗読が、軽快な打楽器とベースのリズムに乗って、空気のなかに刻まれていくような錯覚…。新しい感覚の散文詩ですね。

本来ポエムには、音楽、匂い、色彩、と3つの要素があるとされています。京都の匂いがそこはかとなく音楽の中に感じられました。視覚的な広がりはこれからおいおいと出てくるのではないでしょうか。

choriさんの声よりバックサウンドのほうが音量が大きく、私の耳には詩句が聞き取れなかったのが心残りでした。

占いで精神年齢22歳となったわびすけも、肉体年齢が正真正銘の22歳、choriさんには追いつくのが精一杯でした。

写真はnifty ココログのほうにアップしていますのでそちらもどうぞ!





新風館に来ましたのは、じつはこれでたった2度目なんです。

ヴェロタクシーがドイツから日本へ輸入され、最初に京都で試乗会が催されたののが、この新風館だったのです。お暇のある方はこちらをご覧になっていただけますか。


拙サイト

2002・2・17UP 京都議定書発効 べるりんから京都へやってきたヴェロタクシー


2005・2・17UP べるりん・いちか & 椿わびすけ  へんしゅうってむつかし~






by tsubakiwabisuke | 2006-12-20 22:32 | 京都
2006年 12月 18日

アメリカと台湾の大学で わびすけサイトが紹介されています

アメリカと台湾大学で わびすけサイトが紹介されました。
いまさらという感じですが、一、二年前にアメリカのバージニア大学のサイトに私の名を発見したのです。

ここにその画像をアップしようとしましたが、エキサイトではなぜか不可能です。

そのため、ニフテイのブログに書きました。

アメリカと台湾大学で わびすけサイトが紹介されています

私のサイトをリンクしてくださった一例として、二つの海外の大学を挙げたおぼえ書きなのです。


こうした公的なサイトの他に一般のリンクに言及しますと、あらかじめ許諾のメールをよこしてこられる方もあれば、事後承諾の形でメールでお知らせが来る場合もあります。
こない場合のほうが多いと思います。


ただ、リンクする場合のマナーを心得た方であれば何も申し上げることはありません。
海を隔てたアメリカと台湾の大学で、私のつたないサイトに目をかけていただいきましたこと。

そして、きちんと出典を明記されていることを、私は感謝するのです。

この中の画像の出典は、拙サイト 以下のものになります。

洛中新春スケッチ


やよいの雪 茶道宗家



最近、若い女性の方から謙虚な書き込みをいただき、拙サイトを少しでもお喜びくださったことを心の中で嬉しく思いました。ご親族の方々も昔の思い出を大切になさって暖かいものが伝わってまいりました。

拙ページ
夏目漱石を訪ねるカメタさんぽ 第四回 村岡秀男さん
旧家の歴史・海老原家 (文京区本郷6丁目)







by tsubakiwabisuke | 2006-12-18 21:58 | 京都
2006年 12月 14日

取り合わせの妙

Sさんから電話がかかってきました。

「書き込みをしたいと思うけど、メールをうつことができひんので、代わりに書いてください。」と。


Sさんが席主をつとめた茶会記をここに書かせていただきます。


待合 床

故W業躰先生(長老)消息 『夜咄の茶事招待状』

本席  鵬雲斎一行  三冬古木花

香合  クズ屋 黄瀬戸風  弘入造る

花   素心蝋梅   妙蓮寺椿 

花入  紀州焼 

釜   定林(江戸大西初代) 菊花

棚   方円卓

水指  大明万暦赤絵

薄茶器  平棗 千鳥蒔絵 一閑作 

茶杓  淡々斎  初雪

茶碗  山景 鵬雲斎箱 覚入造る

替   御本  昔がたり

蓋置  夜学  大西浄心 宗哲 合作


席主のおもてなしの気持ちが伝わりましたでしょうか。

初雪の茶杓に、雪だるまのお菓子。

夜咄の消息に、夜学の蓋置き。


私は殆ど出席していませんのに、こうしてお菓子を送ってこられ、電話で会のようすを手にとるように話してくれはります。

ことしは暖冬でこの日、雪はふりませんでした。

でもあのベレー帽の雪だるま坊やが、初雪を運んでくれましたわ~~。


それから皆さまのコメントがうれしかったと、明るい声で言っておりました。



Sさんのこと
2001年3月  弥生の茶会へ




by tsubakiwabisuke | 2006-12-14 23:09 | 京都
2006年 11月 25日

アメリカの七五三 ヒトコさんの国際縁組

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サンフランシスコ在住 ヒトコさんの一粒種の晴れ姿。


アメリカ西海岸に住むヒトコさんは、私の弟子でもある女性です。

彼女は佐世保で娘時代過ごしていました。お友だちが米軍に所属する方だったようでその縁で現在の夫君に見初められたのです。

そのアメリカ人男性はなぜか小さい頃から日本女性に憧れをもっていて、結婚するならヤマトナデシコと決めていたんだそうです。

旧き日本の誇りといっていいでしょうか。ほんとうに先人のおかげだと思います。

彼女はまるまるした健康優良児的なタイプですが、見ようによってはセクシーといえるでしょう。
なにより性格が面倒見のいい細やかな心配りをする女性なのです。

いっぽう彼のほうは長身でハンサム。米軍将校としてアメリカ大統領から感謝状と勲章をもらっています。日米のこの仲のいいカップルには一粒種の女の子がいます。

ことしは七五三だったといって、アメリカで祝った晴れ着の写真が送られて来ました。

「うちの子も今年は七五三でした。やっと小学校に入りました。」


ほう、あちらでも日本のようにこうした行事があるのですね。ちょっとびっくりしました。


この娘さんはじつは養子縁組なんです。アメリカ人はオープンですから日本のように隠したりはしません。自分のサイトでも堂々と公表しているのです。

ご主人といっしょに中国の孤児院に行って小さかった女の子と対面し、養子にすることが出来ました。長年子どもに恵まれなかった夫婦の選択でした。

ここまで来るには、アメリカ政府の厳しい審査があってそれをクリアするのが大変だったそうです。しかし、もう5年が経過したのですね。ヒトコさんは立派なお母さんになっていますね。

メールのつづきがまた楽しいのです。。

「来年のお正月支部の点初式で、うちの子をお運びデビューさせようと今特訓中です。無事に行ってくれれば良いのですが。どうなりますやら。

今またお父さんと魚釣りに行っています。最近パパがお舟を買ったので、毎週末、フィッシングです。お陰でうちの子は真っ黒、七五三の写真撮影でも黒壁に白塗りして苦労しました。」





この子は将来日本人になるのでしょうかね?
チャイナ生まれでアメリカ育ち、インターナショナルな新日本人の誕生でしょうか。

国内では教育現場の混乱、親子の虐待、政治家の汚職、など心寒いニュースばかりですが、ヒトコさんの便りにうれしいひとときを過ごした私でした。


おかげさまでノロウィルスの胃腸病は、なんとか治癒したようです。まだまだ用心しなければなりませんが。

皆さま、ご心配をおかけいたしました。あたたかいお見舞いのコメントに感謝いたします。






by tsubakiwabisuke | 2006-11-25 16:34 | 京都
2006年 11月 14日

スライドショー光悦会 2004年と2006年

昨夜から今日にかけて二つの作品をアップしました。


 11・13UP スライドショー 2006年光悦会


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ことしの光悦寺は紅葉という点では例年に比べ見劣りがいたしました。
でもあと1週間経てば本来の見事な鷹ヶ峯をみることができるでしょう。

上の写真は表紙用にアップしたものでこちらならなんとか表示されました。
お知り合いのお医者さんの奥さまの後姿を撮影したものです。


スライドショー2004年  京都・鷹ヶ峰 光悦会


2005年の分は昨年11月13日にアップしております。

11・13UP  光悦会 2005年


拙文が光悦会の謂れに触れておりますので、どうぞこちらもご覧いただければうれしく存じます。

http://www.janjan.jp/culture/0511/0511135089/1.php

http://tsubakiwabisuke.cocolog-nifty.com/rendezvous/2004/02/post_6041.html






エキサイトの社長さまには、この度当ブログにお越しいただきましてのお書き込み、恐縮しつつ拝見いたしました。



Commented by yamamura2004 at 2006-11-14 06:58 x
エキサイトの山村です。この内容についてはカスタマーサポートに連絡します。ご迷惑をおかけしてすいません。

山村幸広




これは私が先に書きました、2006年 11月 12日の日記へのお返事でございますね。

ありがとうございます。ユーザーの苦情と要望に耳を傾けてくださるトップのお方を知りまして、日本の政治家もこのような対応をとってほしいものと感じました。

殆どのエキサイトユーザーは好調に使用されているのでしょう。まれにこうした不具合が起きるのかもしれません、改善の結果があらわれますよう、よろしくお願い申し上げます。








by tsubakiwabisuke | 2006-11-14 20:12 | 京都
2006年 11月 12日

画像が表示されています!もう一つのブログ 老舗niftyの漱石サロンランデエヴウ

エキサイトでは画像が表示されない不具合が続いていますが、私のもう一つの別サーバーのブログにはちゃんとアップできるのです。

老舗(しにせ)niftyのココログには昨年から登録済みでしたが、exciteのほうがレイアウトが気に入っていたのでこちらを主に使用させてもらっています。ただ、不具合を報告してもexciteは全く取り合ってくれないのです。

インポートとエクスポートの重要な機能も無く、何度か問い合わせたのですが、当社では対応していません、との一点張り。これだけ大きくなったサーバーなのに残念なことと思っています。


同じ画像がココログではこのように表示されることで、今回は画像をご覧頂くためにこちらをご紹介いたします。

ココログ 漱石サロン ランデエヴウ 開炉の茶会 京都美術倶楽部11月例会 

画像はクリックしていただくと拡大されます。
いかがでしたでしょうか?






by tsubakiwabisuke | 2006-11-12 12:05 | 京都
2006年 11月 07日

三十三間堂の妙法院 鵬雲斎大宗匠による最初の献茶式

○天台三門跡 京都でこのようにいわれているお寺に妙法院があります。

妙法院、青蓮院、三千院です。でも妙法院という名よりは三十三間堂のほうが世間にはよく知られているようです。その蓮華王院本堂(三十三間堂)は妙法院の仏堂なのです。

11月5日は鵬運斎大宗匠の献茶式が妙法院で行われ、ご招待をいただきましたのでお知り合いのTさんをお誘いして参列させていただきました。

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Tさんは京都大学の指導的研究者。28歳の独身男性でご専門は情報、ITには非凡な見識をお持ちです。私のカメラのシャッターを押してもらい、お互いを撮影したのが以下の写真です。茶道関連のものはご遠慮して妙法院内の背景でもわかればいいと思いまして。献茶が終わったあとの一ときです。


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お献茶は宸殿で厳かに行われました。ここは幕末の七卿落ちがあった処と伝えられます。
そして小堀遠州作と伝える庭園もうつくしいものでした。何よりも公開寺院でないことから世俗的でない品格があり、祭壇横に整列された8人の寺僧さんがたの清清しい雰囲気がすばらしかったです。

読経も密教だからでしょうか。鷹揚な調べの、私にはあのモンゴルのホーミーにも似たような響きを感じました。皆さん感動されておりました。
これは天台声明(しょうみょう)と申しますか。梵唄(ぼんばい)と申しますか、もとはインドから伝わったものでしょうね。




今日庵席 大書院

東福門院の旧殿を移築したものとお聞きしていますが、その座敷で濃茶が振舞われました。

床 九条卿  お名前は覚えていませんが、懐紙に詠草がかかれた掛け物。

花、照葉 ドウダンツツジ 椿 が、仙叟作 竹 旅枕 に入っていました。

長板 二つ置き

道安風炉に 尾垂釜。 水指は 呉須 香炉形 でした。 

茶入 古瀬戸 たしか翁手だったでしょうか。 茶杓は、ああ、それで、とわかりました。

この間、10月29日の宗家開炉の日、例年出てくるはずの茶杓 一燈の「口切」が今年は無く別の茶杓だったのです。この妙法院献茶式の今日庵席、ここで使用されるためのものだったのですね。

なにしろ、妙法院でこれまでお献茶があったことはなく、この度、ご住職のご要望により初めて後白河上皇880年記念の献茶が鵬雲斎大宗匠によって実現したのでした。

まさに、「口切り」という銘の一燈のお茶杓は、この日にふさわしいものであったと思います。
茶碗は今日庵伝来、大徳寺呉器、気宇の大きい名碗でした。


点前は渡辺業躰。半東は金沢宗達さん。兄の金沢宗維業躰とご兄弟で亡き父君の名跡を立派に継がれている若手のホープでいらっしゃいます。若手ながら謙虚でしっかりした応対は宗達さんならではですね。

濃茶をいただいたあと、茶道口から大宗匠がおでましになり、点前座の後方に坐られ談笑されました。私は連れのTさんとご一緒にご挨拶に参りました。大宗匠はそのことを喜んでくださいました。

若い男性、それも今どきの若者らしからぬ武士然とした風貌の大学研究者に、これから裏千家茶道を理解し、興隆につとめてほしいとの期待がおありだったのでしょうか。
初心者へのあたたかいお励ましのお言葉でした。


Tさん 2006年11月08日 taro's blog 裏千家のお茶会


リンク
妙法院住職 すがわらしんかい さん







by tsubakiwabisuke | 2006-11-07 23:16 | 京都
2006年 10月 31日

市政協力委員 町内会ノート

♪ サガシモノハ ナンデスカ ♪

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井上陽水の歌ではないけれど、4月で任期を終えた町内会のお世話役でしたが、とんでもない結果報告になったのでした。

40年も前からの町内会引継ぎのノートを紛失してしまった、という大失敗をしてしまったのです。会計報告はすでに出来ていましたし残金などには問題はありませんでした。

私はそのお詫び文書を回覧板でまわし、その上町内の方々が集まられた席上で自分のミスを謝罪しました。新しいノートを次の当番の方へ引継ぎましてからも、心が晴れず鬱々としていたのです。

ところがどうでしょう。
あれだけ探しても見つからなかった町内記録の箱が、なんと書庫の本の上に乗っかっているではありませんか!
ここに置いていたことを忘れていた自分。ゴミと思い込んでゴミの日に捨てたのに違いないと思い込んだというのも、ひどい老化現象なのでした。

助かった!!!町内会のひとつの歴史が消えなかった!
旧い記録が残っていたのは、また私の若い日を思い出させてくれることにもなりました。

じつは、私の住んでいる町内は殆どが庭付き一戸建ての古くからある住宅専用地なのです。ノートにはかつて私が京都市の市政協力委員をした報告書も入っていました。

いくばくかのお金を市から委員に貰ったようで、私はそれで町内に無かった消火器を購入し寄付することを考えました。比較的裕福な町内ではあっても消火器設置の必要性をいう人はなかったのでした。

その時にはやはり回覧板で私は皆さんのご意見を求めています。
中には批判的な方々がありました。設置場所一つにしても自分の近くは困るという方がたもあったのです。

しかし、賛成意見のほうが多く、私のおもい通りに消火器を2つ購入し通路に置くことになりました。予算はもちろんありませんから、私の寄付ということに賛同いただいたわけです。

あれから歳月が流れました。幸い火事は起きることなく町内の用心棒として赤い消火器が2つ置かれています。なかの消化液だけは当番の方が業者を呼んで詰め替えてもらっているようです。

すっかり忘れていたことなどが思い出されて、もやもやとした自責の念が消えていきます。
あ~、救われましたわぁ~。


♪ サガシモノハ ♪ アリマシタ ♪







by tsubakiwabisuke | 2006-10-31 22:47 | 京都
2006年 10月 30日

天龍寺献茶式に 恒例のご招待

天龍寺献茶式のご招待に、ことしも参じることができました。
10時からの献茶式が無事おわり、その後、他宝塔にむかう回廊を通って野点のほうへ。
野点席はお仲間のT宗粒さんがにこにこと迎え入れてくださったのですばやく撮影しました。


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薄茶席は正客に追いやられ、今日庵席はお家元が早々に帰られた後でかろうじて末席にもぐりこみました。連れはcoco-yukoさん。

当然、画像はありません。

過去の天竜寺献茶式の記録がありますので、そちらをどうぞ。


2005・10・30 UP コメント ぞうべ 紅葉する 嵯峨・天龍寺






by tsubakiwabisuke | 2006-10-30 21:27 | 京都