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カテゴリ:京都( 60 )


2007年 02月 18日

パソコンテレビ 若者のすがた

パソコンテレビ「GyaO」というのがあります。製作はUSEN。

BS JAPAN「未来図鑑」
http://www.gyao.jp/sityou/catelist/pac_id/pac0003003/

#42
知る人ぞ知るアーティストたち。ゲストはテノール歌手 秋川雅史、詩人 chori。


今のところ最新のアップのようです。テノール歌手・秋川雅史さんの「千の風になって」はこのブログでも取り上げましたが、今回は対談で見せる素顔の彼をご覧いただけます。

製作者サイドで、千という名前にかけたわけではないと思いますが、千明史さん、ニックネームchoriさんが後半に出演。秋川さんの名前と千さんの名前と共通の「史」がつくことも偶然とはいえ面白いですね。

今の若い男性は昔の日本男子と違ってよくしゃべらはりますね。男は黙ってサッポロビールといったコマーシャルが好感された時代ではなくなっているのでしょう(^。^)。




choriさんは若者らしい謙虚な一面を、詩に描かれています。

『現代詩フォーラム』から抜粋


引越し        
chori


この家には
よそよりたくさんの神さまが棲んでいるのだった
だから
別れを告げるのに時間がかかった

父親は張り切って
母親は淡々と
妹や弟は面倒くさそうに
荷物をまとめてゆくそのかたわらで
どこにも置きどころのないぼくが突っ立っている

小さいころはずっと大きな家がよかった
大きなお風呂も茶の間もうらやましくてしかたがなかった
けれど二十年経ってみれば
ぼくの身体はすっぽり六畳間におさまりきって
ちょっとでも大きな部屋になるとぐっすりねむれない
背比べをした柱の傷だとか
いまどき神棚だとか
古臭くてたまらなくいやだったこの家じゅうに
気がつくとぼくがしみついていて

みんなの荷造りが終わりかけたころ
ようやくダンボールを引き寄せる
幼かったぼくを
はみだしてばかりだったぼくを
ずっと誰かになりたかったぼくを
ていねいに折りたたむ
急かされて何人かは入れ忘れる

背中越しに
お風呂の神さま
お手洗いの神さま
お台所の神さま
名前も知らないたくさんの神さまが
そこらじゅうから湧いてきて
なんとなく
肩を叩きあっている
家族がこの家を去っていっても
取り壊されるまでのしばらくのあいだ
彼らはここにとどまりつづける
疲れた顔をしているものや
さみしそうにしているものや
恥ずかしがって
出てこないものや
それはもう人間とほとんど変わらなくって
情けないやらいとおしいやらで
しゅっ、

音をたてて勢いよくヒモを結んだ

五人分の荷物が
トラック二台ではこばれてゆく
ぼくは最後に玄関のドアにふれた
ゆっくり
何度も
何度も
さすった
誰かが
さすりかえしてきた

車は
神さまの家からどんどん離れてゆく
たいした距離でもないのに
引っ越すというより
家を捨てた気分になって
助手席で
そっと泣いた


2006-11-29






by tsubakiwabisuke | 2007-02-18 16:50 | 京都
2007年 02月 12日

タカシマヤ 第55回上品(じょうぼん)会

高島屋から、「上品(じょうぼん)会 特別ご内覧々会」の案内状が来ました。ここ数年、自分には無縁のせかいなどと思い込んで行かないことが多かったのです。でもまあ、目の保養をさせてもらうのもいいかと、一人で出かけてスナップをパチパチ。ごめんやっしゃ。

京都の大きいホテルは経営がよその資本へ移行してしまいました。ウェステン都ホテル、今日はここで、「第55回記念 高島屋 上品会」が開催されたのです。このあと、全国各地で巡回される予定と聞いております。雰囲気なりとチラリ、ご覧いただきましょう。

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高島屋資料館(大阪)には、日本の名画が収蔵されており、美術部創設のころの名画を今回、同人名家がしのぎを削ってきものにうつしたものが展示されました。

● 原画作家

 「世界三景 雪月花 」高島屋資料館所蔵より

● 山元 春挙。 (訪問着 ロッキー新雪・ 千總製。) 
● 竹内 栖鳳。 (訪問着 ベニス旅情・ 矢代仁製。)   
● 都路 華香。 (訪問着 春爛漫 )  ( 綴れ帯 吉野観桜・岩田製。)


● 神坂 雪佳。 (訪問着 春秋の華・千切屋製)
● 竹内 栖鳳。 (訪問着 大島紬。秋韻爽々。光琳風草花図より。秋場製。)

いずれも京都ならではの見事な出来栄えです。

私としては、大島の訪問着(秋韻爽々)に引き寄せられました。
古典的な大島もいいですが、これはまた、すばらしいデザインと職方さんです。

帯は龍村のシンプルな雀。じつにいい取り合わせです。
できればこうした美しい着物が日本人に愛されて、生活を豊かにできることになればどんなにいいでしょうか。お金のある方々、どうぞお買い上げくださいませ。

そんなことを感じながら帰途、私はバスに乗っておりました。
この車中がたしかに私の住む庶民レベルのせかいだなあ、なんてクスクス…。

それにしても、たのしかったひとときでした。






by tsubakiwabisuke | 2007-02-12 23:46 | 京都
2007年 02月 06日

ギターの弾き語り 維新の詩を読むchoriさん

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三条御池から日曜日の町並を撮影。

新風館はここからすぐです。2月4日、日曜日の午後、ライブがありました。

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寒風のなか、最初のころは、客足が少なかったのは止むを得ません。

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出演者は、choriさん。ギターを弾きつつ、何編の詩を朗読しました。ギターは朗読の声を妨げず、よく調和していたと思います。打楽器よりもよかったのではないでしょうか。

私は「維新」の朗読に耳を傾けていました。本名・千明史さんの心境が語られているのです。

トークもあるがままの失敗談からはじまり、爽やかでした。




この「維新」という詩について、若い女医のSさんがこんな感想を述べています。

一篇の現代詩に寄せて 

投稿日時 2007年2月 5日 (月曜日) 23時22分

今夜は、一つ、とても 素敵な詩をご紹介いたしましょう。

一つのことば、 一つの出来事に、思うことは人それぞれ。
その、色々な、それぞれなことを大切にして行きたいと思います。

この詩への、私の感想が、妨げになってはいけませんので、皆様まずはご一読ください。

この詩をご紹介くださった、素晴らしいHPも合わせてご紹介いたします。

維新
chori  http://rendezvou.exblog.jp/5047289/

◇◇◇

何かを生み出すというのは、非常に大きな力を必要とするものではないでしょうか。
そして、何かが生まれる「瞬間」に持つ、若い息吹や、活火山の中の煮えたぎるエネルギーのようなものを、感じ、圧倒されるときに感じる、えもいわれぬ昂揚感、これこそは、何かが開花するときに、生まれるときに、そして、若さを感じるときに、強く、強く、ただ感じるものだと思います。
この詩の持つ、若々しい、純粋な「力強さ」に、ただただ、圧倒されました。

・・・この詩を紹介していただいた、
    HPの管理者様との出会いについて・・・

以前から、色々な機会に、「信じる」ということが生み出す力の大きさに深い感銘を覚えます。特に、このことを言葉に出して表現したのは、学生時代に参加したフィリピン旅行での、NGO活動に取り組まれる方々や現地の皆様との出会いからでした。ごくごく短期間ではありましたが、お互いを信じて、一緒に何かを成し遂げていく様子を目の当たりにしたとき、信じあうこと、相手と向き合うことの大切さを、強く実感しました。信仰を持つ人同士の支えについても、それだからこそ、あれほど、強く、ひたむきなのだと、肌で感じることが出来ました。
そして、振り返って、信じあえる人と出会って、向き合っていける、自分自身の人生の、幸せ、運の良さを思います。
この詩を紹介してくださった方との出会いもまた、「心」や「言葉」の奥行きを信じあう、素晴らしいものになりました。その出会いを運んでくれたのは、宗教ではありませんが、「茶道」という、一つの、同じ「道」でした。そして、その一つの出会いが、私の友人と、この方とを継ぐことにもなりました。一つの出会いが、いくつもの、素晴らしい出会いを運んでくれることを、今日また、改めて、強く感じることが出来ました。

「信じること」。
どんなに、傍から見て、些細だと思われることでも、一つずつを、心をこめて、最後まで信じて、やりぬくこと。その刹那に感じたことが、一瞬なのか、永遠なのか、何れにしても自分にとっての「真実」を大切に、積み重ねていくこと。
生き物である私たちは、本来、時間と共に、醜く、汚れていく運命です。それに抗うのではなく、大切に積み重ねていくことを繰り返していくうちに、ただ汚れていくのではなく、その一方で、磨かれ、削ぎ落とされ、本質をあらわし、自らを結晶にすることも出来るのではないかと思います。

自らを、美しく結晶とする道を歩んでおられる方との出会いは、ともすると自らを律することを怠りがちな私にとっては、偶然ではなく、必然の出来事かと思います。この天啓を、信じて、少しずつでも、道を歩む努力を継続させなければ、と思いました。感じたことを、機会を、自らものと出来るかどうかは、全て己自身の努力次第なのですから。感謝の気持ちを表すのに、自分自身の歩む道で示すということは、非常に難しいことでもあります。ですが、初めての道ではなく、ありがたいことに、先人のある道、いつかは後姿が見えるように、その道を進んで行きたいと思います。


Sさんへのメール  わびすけ

2月 6日 (火曜日) 01時41分

今まであなたの記事を拝読しておりました。
涙が流れてきてとまりませんでした。

医療の現場でいずれあなたが病む人々にこのお気持ちで
接してくださることを目に浮かべてしまいました。

感謝のなかに。


ココログのほうの写真は、一枚こことは別の画像を入れています。表情と雰囲気も僅かにちがっていますでしょう?






by tsubakiwabisuke | 2007-02-06 16:40 | 京都
2007年 02月 03日

光悦忌 本阿彌光悦(ほんなみこうえつ)


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光悦忌
書家・工芸家の本阿彌光悦の1637(寛永14)年の忌日。


 2月3日は、本阿弥光悦(1558-1637年)の忌日です。寛永14年丁丑2月3日。壽80歳。

 洛北・鷹が峰の光悦寺は光悦の死後に建てられたものです。日蓮宗、大虚山光悦寺は、鷹ヶ峰・鷲ヶ峰・天ヶ峰、鷹峰三山の南麓にあります。

 『本阿弥行状記』によれば、光悦にこの地を与えようと考えそれを命じたのは家康でありました。

 或る時、「光悦はどうしているか」と伊賀守にお尋ねになり、存命なれど、異風者にて、京都に居あき申候間、辺土に住居仕り度よしと申上げた。

 権現様(家康)は次のように仰せられた。
「 近江丹波などより京都への道用心あしき、辻切追いはぎをする所あるべし、左様の所をひろびろと取らせ候へ、在所も取立べきもの也との上意なり」

 京の町衆であり既に卓越した作家であったものの、開拓できる別天地を求めていた光悦にとって、家康の命による鷹ヶ峰一帯の賜物は願ってもないことでありました。辻切追いはぎが出る所であろうと、彼は雄大な自然に恵まれたこの地を愛しました。

 光悦一属はここに集団移住をし、芸術村を作ったのですが、彼の才能は芸術にとどまらず、経営、経済という方面で近代化に大きく貢献したことを、私は思うのです。
 光悦の真価はここにあるような気がします。

 光悦が慈悲心厚く、正義感の強い人物であったのは、数々のエピソードからもうかがうことが出来ます。

参考
續近世畸人傳卷之二
http://www2s.biglobe.ne.jp/~Taiju/str_07.htm

【凡そ藝のみにあらず、經濟の才もありて、鷹峰の邊に金掘るべき山を考へ、五ヶ所を得て、人民多くその益を蒙る。もとより心ばせ正しき人にてありし。

 その一事は、七月十四日にある町家へ行きたるに、常に同じく家職を營みてありしかば、悦あやしみて、「今日は貴賤となく金錢の出納に閙いそがしき日なり。なぞ斯く常にかはらぬぞ。」といふに、あるじ、「町家には利用を計るをむねとし候さぶらふ。

 今日與ふべきものを五日過ぎて與ふれば、何計りの利を得ることにさぶらふ故に、今日は心いそぎも侍らず。」といひしに、悦答へもせず、家の内の者共の面を一人一人にらまへて、「よき畜生めら。」と云ひ捨てゝ出で、それよりは再び來らざりしとなり。】(引用)


 光悦が激怒したのは、他の雇用主が金を惜しんで、職人たちに給与を遅らせたことでした。倫理に基づいた經濟こそ、彼の求めた世界であったのです。

 法華信徒の光悦は、理想の共同体をねがい、日夜読経三昧に入っていたと伝えられます。

 光悦村は寛政11年(1799)家数が168軒・人数383人であったと記録されているのです。


【寛永年間洛北鷹峰を悦に賜はりしより、此處をひらきて、人家を設けたるに、若狹・丹波の通路なる故に、往來しげくなり、此の邊に山賊などいふもの絶えたり。是れより先きは、かうやうの惡黨かくれ住みて、人を犯す事多かりしとぞ】(引用)




「寛永の三筆」のひとりとして名高いことはよくご存知でいらっしゃいましょう。

  元和元年(1615年)、光悦は徳川家康から鷹ヶ峯一帯の地を与えられたことを機として、光悦の一族をはじめ町衆の人々と共に移住し、芸術村を築きました。ここには長屋が立ち並び、職人たちが養成され、刀剣、陶芸・漆芸・書画・などが制作されました。

 光悦は熱烈な法華の信徒であり、真摯な行者でありました。彼の信仰は個人的な芸術を打ち立てることよりも、京都町衆、職人たちを光悦村に集め、育て、生活の糧となすよう組織を作ったことにあります。

 陶芸・漆芸・書画・和歌など、卓越した作品を多く世に遺しました。芸術文化のリーダーとしては相協力し、嵯峨本の出版事業にも寄与しました。

 「私式の信心は、只国恩を忘れず、心の正直に悪魔のささぬ様にと信心仕候」と光悦は述べています。

 国を愛し、心の正直なるをモットーとし、人に布施をなし喜捨したという光悦。彼は現代の学校経営者たちの数字に明け暮れるさまを、どのように見ることでしょうか。


昨秋、お参りした光悦の墓には、白菊の花が供えられていました。


IT新聞掲載記事

職人を育てた芸術村 本阿弥光悦







by tsubakiwabisuke | 2007-02-03 22:40 | 京都
2007年 01月 30日

『維新』という詩 作者は京都の22歳青年詩人

これは私が管理しているミクシイのコミュニテイでの投稿記事です。

会員数は今日の時点で6270人。毎日参加希望者がひきもきらない状態です。
荒らしの襲来もなくはありません。そのため、多くの会員の方々のアドバイスを頂き、当分は「管理人の承認が必要(公開)」という設定にさせていただきました。

もちろん退会する方もありますが、本来、参加・退会は自由、というのが原則です。

私は茶道に関連のある活動について、イベントの一つとしてトピックを作っています。その詳細は以下に。


●このコーナーは茶道をたしな方々が、実社会で活動されている別の催しを、フランクに書き込んでいただく為に立ち上げました。

個人の展覧会・発表会、或いはご自分に関わりある書物の紹介などもどうぞ率直に書き込んでくださいませ。

個人でもグループ活動でも、大いに宣伝してくださってけっこうです。お近くでしたら関心がある人々が参加されるかもしれません。

社会奉仕をなさる方々の近況報告も歓迎いたします。
ただ、宗教と政治は差し障りもございますので常識の範囲内でお願いしたいと思います。

生活者としてのさまざまな活動は、茶道の心に添うものであればたとえ苦しくてもいつかは実る行いとなるのではないでしょうか。

皆さまによりよき交流の輪が広がってゆきますことを蔭ながら念じております!

管理人


***************************

●投稿  わびすけ


アーティストの心理という点で。

chori青年の最新の現代詩を一篇、ここでご紹介いたしましょう。



維新
chori


煙草を一本吸っていかないか
別にきみの名前なんてどうでもいい

東の空が白みはじめるころ
長かった今日が燃え尽きるまで
このひとりごとにつきあってはくれないか

ほんとうのところ
ぼくやきみは
誰かが放り出した過去なのかもしれない
ガードレールにもたれながら
そんなことを考えている

きみが19世紀に生まれていたらどうだろう
きみが別の星に生まれていたらどうだろう
きみが穏やかな春の日に生まれていたらどうだっただろう
そのひだまりは あたたかかっただろうか

とにもかくにも この国の詩人は病みすぎている
薬を飲まなきゃ吐き出せないようなことばがさみしい
切り傷だらけの手で書いた詩は 切り傷だらけの手にしか届かない
きみは神さまの名前を知らないし
神さまもきみの名前を知らない
つまり 興味がないんだ
携帯のアドレス帳もマイミクシィも相互リンクも
友だちって便利なことばだよな
けれどきみは心のどこかで誰かに気づいてほしいとおもってる
いくつになってもうまく煙草の灰を落とせないことを
無理やりつくった笑顔に でもきれいな片えくぼができることを
今までに一度だけだけれど 両親にありがとうと言いたくなったことを

ぼくはあんまり普通じゃない家庭に生まれた
1000年も2000年もつづいてるんだってさ
気が遠くなるほど現実がちっぽけで
その現実すら受け止められない自分はもっとちっぽけで
どれだけ希望や絶望を歌ったところでこれっぽっちも具体的じゃないんだ

煙草がなくなったならぼくのをあげよう
きみには軽すぎるかもしれないけれど 悪くないとおもうよ
朝はいつでも後ろから襲い掛かってきて
気がついたときには奪っていってしまう
楽しかったことや 楽しかったけれど楽しかったとおもいたくないこと
悲しいはずなのになぜだか楽しくなってしまったこととか そういうのまで

お互い いや違うな
ぼくときみはただのぼくときみでしかなくって
それ以外の関係性は今のところすべて嘘だもんな
共有しているのはこの5分ちょっとの間
それぞれの普通は それぞれの日常は
押しつけるためにあるわけじゃない
もうすぐ何かはじまるんだよ
そこに意味なんてひとつもないとしても

きょう
たくさんのひとが産まれてたくさんのひとが死んでたくさんのひとがきのうと変わりなく過ごしてたくさんのひとがきのうとはまるでちがう世界に驚いてたくさんのひとが何か取りこぼしてたくさんのひとがそれを拾い上げてたくさん愛したたくさん殺したたくさんの出来事がたくさんのニュースがとても他人ごとのようにたくさん流れ感動や嘆きを与えたくさんの幼児がたくさんの少年がたくさんの学生がたくさんの社会人がたくさん生きていてたくさん死んでいてたくさん変わってたくさん変わらなかったたくさんのきょうはやっぱりたくさんのきょうでしかなくてたくさんの明日はやっぱりたくさんそこで立ちすくんでいてたくさんのきのうなんてとっくに

帰る場所がなくなってせいせいしたんだ
そしてすぐ やわらかなブランケットが恋しくなった
できればあたたかな灯りが できれば隣でねむってくれる誰かが
できれば目覚めのいい明日の朝が できれば手帳に愉快な予定が
できれば できればがあとからあとから押し寄せてきて
ぐんぐんスピードを上げて自転車は国道沿いを突っ走る
どこへ向かってるかわからなくたって
どうせこの道はどこかへつづいている

すっかり灰になりかけた煙草から
次の煙草へ 小さな火をうつして歩きだす
ひとりごとにつきあってくれてありがとう
残酷な朝のひかりがアスファルトを叩きつける
誰も待っていなくともぼくは行くよ
なにかを変えるためではなく
なにか変わる瞬間を見たいから


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会員のコメント 

●Sさん ブログ 日々是好日

「創造する」ことを趣味に、あるいは仕事にされる方の「生み出す力」には、本当に、ただただ圧倒されます。

その意味では、chori氏の詩にも、「何かが生まれるときの力強さ」を感じさせられ、圧倒されました。わびすけ様、ご紹介ありがとうございます。

話は少し変わりますが、本日、淡交タイムスを拝読いたしました。お家元の書かれていた「座右の銘」に、改めて、裏千家に所属していて、このお話をうかがうことが出来てよかったと、深く感銘いたしました。

茶の湯の持つ、「「精神」を生み出す力」は、本当に素晴らしいものですね。いつも、ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。


●Cさん(アメリカ)

chori さんの詩はいつも未来があっていいですね。若い時は死に憧れたりしがちですが、chori さんは優しさが溢れていて、勇気づけられます。

わびすけ様、chori さんの新しい詩を併せてご紹介いただきありがとうございます。






by tsubakiwabisuke | 2007-01-30 13:59 | 京都
2007年 01月 10日

裏千家今日庵初釜へ参りました

平成十九年一月九日(火曜日)午後、お招きの時間に参上いたしました。
以下の写真は一会を終えてから帰途のつれづれに撮影いたしました。


やはり、このサーバーではアップできないようです。きのうは珍しくいい調子だったのですが。
ココログ ブログ漱石サロンランデエヴウ のほうに掲載いたしましょう。




平成十九年一月九日(火曜日)

この日は午前中京都美術倶楽部で恒例の「松庵茶会一月例会」が開催されたのですが、私は会員ながら欠席いたしました。松庵茶会一月担当が親しくさせて頂いている大御所の赤坂政次さんでしたから、残念な気持ちはございました。

しかし、私は今日庵の初釜のある午前中、他の茶会へ出かける気にはなりませんでした。

先輩の方々は朗らかに、「午前中に松庵茶会に行ってきましたよ」とサバサバした表情。午後は裏千家初釜へと割り切っておられるのには、意外でした。私のほうが旧いのでしょうか?


私には、今日の日がかけがえのない初釜だったからです。

今年は坐忘斎家元のお点前が美しく、点前の合間合間にお話くださるその絶妙の話術に引き込まれました。感動したのは私だけではありますまい。参加している誰もが同じ感動を覚えたことと思います。


お家元が点てられた濃茶を、大宗匠がさっと手にとって正客に取り次がれました。
おみ足もしっかりされ、立ち居振る舞いが堂々とされているのに、一同胸をあつくするのです。
ことしが年男とお聞きします、84歳の大宗匠!


家元のおことば。


「家には、猪突猛進の元気なイノシイが一匹いまして。あとはウリ坊が5匹です。」

ウリ坊って、可愛い子どものイノシシなんですね。お家元と奥さまとお子様3人。合わせて5匹のウリボウ。
ああ、すぐには読み取れなかったのです(#^.^#)。


「7日の初釜初日には雪が降りました。梅の井の井戸水をいつも汲ませてもらいますが、すぐには水は変わりません。まあ、ゆったりとした感じです。きのうからぼちぼち、今日ころが一番いい水になっている気がします。

ま、漸く、どやどやっとといった処です。ここの井戸の水はゆったりと変わっていきます。。」


お家元は二盌濃茶を練られました。私は業躰さんから勧められるままに坐りますと丁度10人目でした。五人さまで、ということで二盌目の詰めとしていただくことになったのです。

名水もお点前もお茶も、ほんとうに香りあるものでした。大宗匠のお点前で頂戴したのは、正教授を拝受した時でしたが、初釜で坐忘斎家元のお点前のお茶を頂くとは思ってもみないことでした。

私に茶道の手ほどきをしてくれたあの世にいます祖母、母を思い、口に含んだ濃茶はまったりとなめらかにいいお味でした。こころの中で私は一緒にいただきました。




4年前に撮影した「梅の井」の画像がございますので、ご参考に。









by tsubakiwabisuke | 2007-01-10 15:48 | 京都
2007年 01月 05日

買い初めでなくっても タカシマヤ

昨日は家族でタカシマヤに食事を、なんて書きますとヘンですか?
タカシマヤには食堂街が昨秋リニューアルしてちょっとした話題になりました。

ココログのほうへ写真をアップしています。

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お正月用の熨斗が出ていたお店です。

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中華料理の街みたいですな。
天井が低いのはまあ致し方ないでしょうね。でもきれいになっていました。

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上階から見たタカシマヤの正面ロビー

ツバキの植え込みの前では子供たちが遊んでいました。

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タカシマヤ人形のローズちゃんは愛想がいいですねえ。ひとりで自動の車椅子に乗っている方も休んでいました。

私たちはエスカレーターで7階へ行き、三嶋亭に入りました。
おせち料理から開放されるためか(笑)。

すきやきは、昔行った寺町の三嶋亭の焼き方とは少し違ってました。仲居さんがテーブルの傍に立って世話をしてくれます。まず鉄鍋に砂糖を入れてから肉を入れています。へえ~。

牛肉は鹿児島の和牛でした。なんでも一人130グラム。一人につきロース三枚ということらしいです。それで丁度いい感じでした。野菜は青ネギ、タマネギ、ミツバ、豆腐、糸こんにゃく、麩。
わりしたを入れて味を調えます。

生卵を溶いていただきますと、これは柔らかいいいお味でしたよ。

味噌汁と漬物、白ご飯、デザートに柚子入りシャーベット。これで上から2番目のお値段です。
何ごとも1番上のものは手をつけないわが家ですから。庶民的なレベルなんです。

その庶民レベルの主婦のいうことには、「うちのほうがずっといい野菜を入れるし、具が多いですわ~」。
シイタケ、ハクサイ、オオニタネギ、ササガキゴボウ、シュンギク、ナマフ、クズキリ、そんな具をいつも入れますからねえ。ただね、主役だけが違うってことなんです。ソレガモンダイダ。




画像がここではアップできませんので、ココログの別ブログにアップいたしました。






by tsubakiwabisuke | 2007-01-05 15:54 | 京都
2006年 12月 31日

南座の顔見世 京から江戸へさがる

大晦日は、ことしの千秋楽です。

今日のJanJan掲載記事のお知らせを。

12・31 JanJanUP 顔見世千秋楽 雨のなかに 中村勘三郎襲名披露

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これは数年前の南座。改築前、東華菜館という中華料理店の屋上から撮影したものです。


今回は演目を具体的に挙げて見どころや役者についても言及しました。

写真は3枚だけで、昨年の顔見世のように舞子さん達の華ある処を撮影できなかったのが残念でした。

雨のせいもありましょう。




役者さんの口上は立派ですが、こちらはショボイ口上で~~す。

みなさま、この一年間ほんとうに有難うございました。

来年があなたさまにとってどうかよい年となりますように!

はいこちらにもおすそ分けをしていただきま~~す(^。^)






by tsubakiwabisuke | 2006-12-31 14:21 | 京都
2006年 12月 28日

カミーユ・クローデル作 兄・ポールクローデル胸像

この夏に京大正門前の関西日仏学館に行き、撮影した画像がようやく記事になり日の目を見ました。

カミーユ・クローデル作 の 胸像も収蔵する 関西日仏学館

↑ JanJan記事に応援クリックをよろしく!

JanJan tsubakiコラム 古都つれづれ

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アールヌーヴォーのデザイン 2階への階段




拙稿 ポール・クローデル仏大使を歓迎した皇室 大正10年


link
映画の解説 カミーユ・クローデル







by tsubakiwabisuke | 2006-12-28 16:57 | 京都
2006年 12月 27日

顔見世千秋楽 雨のなか 中村勘三郎襲名披露


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ココログのほうに、ここには出ない写真をアップいたしました。

顔見世 中村勘三郎襲名披露 千秋楽


この慌しい年の暮れといいますのに、家の中の片付けはほっといて顔見世にいくのはちょっと気が引けるのでありました。

理解あるオットドッコイのひとことで背中を押されるようにしてことしも行ってきました。もちろんひとりです。昔は、歌舞音曲のたぐいは勝負のせかいと同じく、好ましいものでないという考えがありました。何よりも学問と聖賢の道を尊ぶ、そうした家風が日本のどこかに確かにあったのです。

主人の父がそうしたひとであり、家風そのものでしたと私がいえば、なにか不釣り合いに聞こえ
るかもしれません。そのためでしょうか。いい加減な私なのに好きなことをさせてくれる主人になった、とまあこういうわけなんです。

漬物好きな主人のために、白菜と蕪のぬか漬けを漬けましたし、明日頃は食べころとなるでしょう。

雨の顔見世・千秋楽は、午前の部で義経千本桜がよかったです。白狐に扮した中村勘三郎、ア
クロバットあり、それはたいへんな重労働だと思いました。






by tsubakiwabisuke | 2006-12-27 00:40 | 京都