カテゴリ:京都( 60 )


2008年 05月 05日

和敬点ての茶箱でもてなす

広間での茶箱点前は、野点形式になります。

瓶掛けはこの場合、火鉢を使用しています。
漱石の随筆に『火鉢』という小品があるのをご存知の方もいらっしゃいましょう。
http://wabisuke.la.coocan.jp/soseki.hibati.html

漱石が書いた『火鉢』は永日小品という作品の中の随筆なのですが、私がその一篇だけ抜粋してページを作成しました。是非クリックしてこの『火鉢』を味わって頂きますよう!

当日の茶席のしつらい、点前座の道具組に、なぜ瓶懸けでなく火鉢を使用したかがお分かりになると思います。

京都漱石の會第一回例会は、日本家屋の会場で行いました。

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漱石が西川一草亭に与えた直筆の掛け軸が約束の時間に未だ到来せず。床には一草亭好みの尺八花入。黒田正玄の作で銘は若葉と彫られています。

けまん草は別名鯛つり草ともいいますが、掛け物に変わりてもの申す、、、。1時間あとに待ち人来る。一草亭のお孫さんが軸をかかえて。けれど漱石の書の写真は撮れませんでした。

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ほんとうは、「我輩」という茶杓が欲しかったのですが、手持ちがございません。
本物のわが猫はもう姿もう見えなくなりましたしそれでやむなく、だれかの名前のものを出したというわけです。拝領した品をやむなくというのはまことに失礼ですけれども。

お点前は、オレゴンから来られたまるめさんに、半東はハレのははさんでしたか?

私はお茶のほうは皆さまにおまかせで、他の雑事をねじり鉢巻でしておりました。
50名の皆さまにお茶も飲んでいただき、ほっとしたことです。

和敬点ての点前の順序は、のちほどハレのははさんが書いてくださるでしょう!



ハレのはは 述

和敬点は、もともと淡々斎さまが戦中に海軍のために考案なさったというだけあって、質実剛健、無駄のないとても合理的なお茶箱のお点前のように思えます。
(成り立ちの詳しいことは以前わびすけさまがお教えくださっておられますね)

お道具類が袋に入っていることもなく、お茶を出すのに古帛紗を使うこともなくいっぺんに2つのお茶碗を運び出せ、おまけに拝見もありません。
一碗と二碗、どちらのお茶碗でおしまいをするかで、少し手順が違うところがありますが、大まかな手順は「卯の花点」とおなじです。

(一碗目でおしまいをするときは、お茶碗を拭き、茶筅茶巾を筒に納めてから、二碗めは拭きません。二碗目でおしまいするときは、後で返ってくる一碗目を拭くまでは茶箱に戻せませんね。一碗目は濡れたままにできませんから。二碗とも拭きます。)

茶箱の中手前には、二つ重ねた茶碗、その中に古帛紗を敷いて棗を入れます。
向こう側に茶筅筒、茶巾筒、振出を入れ、茶杓を茶碗に伏せ、その上に帛紗を捌いて箱の蓋をし、蓋の上に薄板を載せて持ち出します。

建水も持ち出し、勝手付に箱をよせ、膝前に薄板、瓶掛右がわに横にした蓋、帛紗を捌いて蓋を清めたら、茶杓を蓋の右寄りに出し、振出しを客付に出します。
ここで「総礼」。(正客は振り出しを取りに行きます)

この後、重ねたままの茶碗を薄板の上に、棗を蓋の上に出し、古帛紗を薄板と箱の間に置いたら、その上に重ねたままの茶碗を置きなおし、上の茶碗だけを薄板の上に出し、茶箱、建水と奥に進めます。

後は棗、茶筅と清めていき、茶筅を茶碗に入れてお湯を入れてから、茶筅通しの前に茶巾をたたみ直して、蓋の上右上に置きます。この辺からは他の茶箱点前と変わりませんね。

書いてみるとずいぶん手数があるので、席中では、点前座にすべて広げておいて、お棗を清める所から始めました。振り出しで、お客様にお菓子を召し上がっていただきたかったのですが、順に並んで座っておられなかったこともあり、雰囲気だけ感じ取ってもらうことに。

一見簡単なかわりに一寸愛想がないかも・・と思われるお点前が、今回のお席では珍しい瓢型の茶箱のお道具達で、とても優雅に変身。グリーンのビードロの振り出しも素敵でした。

けれど、如何せん多くのお客様にいっぺんにお茶を差し上げなければならず、ゆっくりお点前やお道具を楽しんでいただけたかどうか・・はなはだ心もとなく、半東どころか、お運びすら怪しげに勤めさせていただいておりました。




お道具もお手伝いも皆さまのおかげでございます。これもお茶のご縁。。。ありがたく心から感謝申し上げます。わびすけ







by tsubakiwabisuke | 2008-05-05 22:13 | 京都
2008年 03月 11日

ぎおん 新橋通り うすぐもり

昨日はひさしぶりに宗家の稽古を終えてから、松庵茶会3月例会に寄ってきました。玄々斎好みの「春秋七草茶箱」が茶会のメインの雛の節句に取り入れられ、みやびな雰囲気をただよわせていました。

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祇園新橋通りには、吉井勇歌碑があり、漱石と交流のあった磯田たかをしのぶ石碑が建っています。桜と柳の木々はまだ冬眠から覚めたばかりの新芽がのぞいているだけ。

ひとり梅ノ木が満開のすがたを情緒ゆたかにみせていました。これから漱石句碑のある御池大橋西詰めに、足を伸ばしてみたかったのですが、よわしんぼの身体ではもうあきません。

カメラもあいにく電池切れとなって、写真はこれだけでお仕舞いです。






by tsubakiwabisuke | 2008-03-11 00:37 | 京都
2008年 02月 02日

お知らせ

皆さま
先に書きましたスパムの対策をなんとかエキサイトが考えてくれたようで、コメント欄を前のままに表示することに致しました。迷惑投稿は4件のうちIDが2件で同一人物の仕業と判明。ID拒否と削除を即実行しました。やはりサーバーが本腰になってくれないと解決できません。
これで皆さまもご安心を! (2月5日追記)



前から当ブログへ迷惑投稿をする輩があり今もなお、後を絶ちません。
変質者の振りをしていますが、いわゆる愉快犯の仕業で今のところ防ぎようがありません。

エキサイトではこうした「荒らし」対策がまだ不十分のようです。従って当分の間、コメント欄を禁止の設定にさせていただきます。

まことに残念ですが、皆さまの貴重なコメントは保存してありますしいつでも元のままに復活可能です。

この点、ニフテイのココログでは迷惑投稿の防止策がなされており、比較的安全のようです。
できれば、当blogのほうは見るだけということでお願いできればと思います。

これからはニフテイの ブログ漱石サロンランデエヴウ のほうに、コメントを頂戴できれば幸甚でございます。

http://tsubakiwabisuke.cocolog-nifty.com/rendezvous/

どうぞよろしくお願い申し上げます。






by tsubakiwabisuke | 2008-02-02 13:28 | 京都
2008年 01月 16日

神坂雪佳の光琳風つばき

京友禅はいま難しい時代にさしかかっています。人々の和装離れと価格の高騰が悪循環のようになり、京都の町を歩くきもの姿の人々が少なくなりました。

けれども、神坂雪佳の名は画家・工芸・デザインと明治から昭和にかけて京都の華ともいうべく大きい足跡を残しました。

タカシマヤで昨年の二月、上品(じょうぼん)会の招待展示に寄せて貰いました時、雪佳さんの原画をもとに作られた訪問着はやはりよかったですね。

カメラにおさめた画像がございますので、三枚とも光琳風のつばきと梅が描かれているのがお目に入るでしょう。

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神坂雪佳、本名は神坂吉隆(1866~1942)、京都で出生。

2001年には、エルメス社が発行したカタログの表紙を飾り巻頭記事となるなど日本の画家として気を吐いています。京都・琳派の伝統に基づきながらアールヌーボーに通じるモダンな作風、いまや世界で注目をあびている多彩な人物なのです。

画家、図案家としては和装のデザイン、漆器など工芸の意匠。教育者としても京都市立美術工芸学校の教師を勤め人材の育成に寄与しました。

また、光悦会の創立にも関わったと聞けば、茶道美術にも当然造詣が深かったことが理解できるのです。
光琳派といわれている雪佳ならではと思います。



ココログのほうには、サイズの大きい画像をUPしております。






by tsubakiwabisuke | 2008-01-16 23:14 | 京都
2007年 10月 21日

ND小学校学院祭 クリスマスローズの大判写真が茶会に


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仲良しのシスターCと私服のシスター、ND小学校・シスターベアトリス校長。保護者会長の方々とごいっしょに。2007/10/14

◇本日IT新聞のコラムに拙稿が掲載されています。

小学校の礼法室に飾られた「クリスマスローズ」の大型写真

http://www.news.janjan.jp/column/tsubaki/list.php

http://www.news.janjan.jp/column/0710/0710204259/1.php

10月14日(日)、京都市内の名門私立として知られているノートルダム学院小学校の学院祭に、お招きを受けて行ってまいりました。保護者の方々も子どもたちも作法に則りお茶を飲んでいます。カトリックの小学校が日本の伝統文化をごく自然に取り入れているのが京都ならではといえましょうか。(椿伊津子)2007/10/21



記事の続きは、そちらをご覧いただくこととして、ここでは当日の写真をアップいたしましょう。

最初にタイトルになっている写真は、一昨年東京で開催されたプロ写真家・関健一氏の個展で展示されていた作品です。クリスマスローズがすぐ後に見えますでしょう。

個展の会場で関さんと並んでいるのはわびすけ。この時、何枚かの作品を購入させてもらいました。その中の1枚がこのクリスマスローズだったのです。

カトリックのND学院にふさわしいと考えていたのが実際にこうして礼法室に飾られているのを見ますと、感慨ふかいものがございます。

写真がどうもうまく表示されませんので、ココログのほうを覗いてみてくださいませ。

母性そのものシスターのまなざし。たくさんお土産をくださいました。感謝!

聖像の足元にノートルダム小学校の生徒の制服を着たミニチュア人形が目に飛び込んできました。学校のいたる処に細やかな愛情が感じられて、ここで学ぶ子どもたちは恵まれているなぁ~と実感したのでした。





by tsubakiwabisuke | 2007-10-21 16:56 | 京都
2007年 08月 23日

中宮寺門跡の記念歌集 『御仏にいだかれて』

編集委員の末席に加えていただきましてより、いくたびか編集会議を重ねて参りました。そしてついに最後の編集委員会がこの18日に開催されました。場所は京都市内の或るホテル。中宮寺様を中心に出版社の方と5名の編集委員。総勢8名。

この後晩餐のおもてなしに預かりました。写真は男性抜きの三人となって。左、冷泉夫人、右わびすけ。真ん中はいわずと知れたやんごとなきご主人公でございます。
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 『御仏にいだかれて』

この歌集は、日野西光尊門跡の喜寿を記念して、長い間詠んでこられました和歌の詠草を集め、尼公の伝記としても素晴らしい内容になっております。中宮寺は奈良であっても、もともと日野西家は京都の名家中の名家といっても過言ではないのです。

題名からすべてご門跡のご意向を受けて、5人の編集委員が審議したのちに決定したものです。編集員の方々は私を除いてみなその道の錚々たるオーソリティ。
歌集にとどまらず発起人から、挨拶をどなたに依頼するか、祝賀会の会場はなどの実行委員会の様相を呈しました。

光尊さまは、冷泉家の指導になる向陽会の古くからの歌人でいらっしゃいます。

そもそも明治天皇の思し召しによって始められ、そのご下賜金で運営されてきたという和歌の会・向陽会。

ご門跡は次のようにおよみになりました。

百二十年 受け継がれたる 向陽会 その一しゃく(歯へんに句)に居る 身の幸思ふ

また、本の題名のご染筆は、有馬頼底様。相国寺派管長。平和運動でも有名な方です。仮名をお書きになるといかにも優しい筆跡で、あらっと意外な感じを受けました。

この表紙は、龍村織物特製で、ご門跡が特注された「国宝・中宮寺天寿国曼荼羅」の絹布です。龍村織物の担当の方も何度か編集会議にいらして協議を重ねたのでした。色調といい、文様といい、香気ただよう表紙になっております。お歌はごく自然な歌風です。その上、年譜とあとがきのご文章が切々と心に響きます。

どなたでもお手にとっていただくことが出来ます。自費出版ですので購入されたい方は、中宮寺へ申し込んでいただきますよう。巻末の内ポケットにはCDが入っております。価格税込み6300円。

さて、編集委員の方々のご紹介を。

浅井与四郎氏、 向陽会の師範。北野天満宮・宮司さん。 

冷泉美智子氏、向陽会会長の令夫人。和歌の名手との評価たかい麗人。

出雲路敬直氏、歴史学者、下御霊神社宮司さん。

辻弘達氏、医学博士。表千家茶人。

わびすけ、ご存知 猫好き、茶好き、ソーセキ好き。貧相な手抜き主婦。

さて、出版社は京都に本社があります思文閣出版。専務の長田岳士氏がお世話くださいました。思文閣出版は古美術・思文閣の別経営の会社です。この度の縁はと申しますと、一昨年の私が担当させていただきました中宮寺・山吹茶会であったように思います。

                         ◇ ◇ ◇

裏千家・坐忘斎家元のお献茶が行われた際、忝くも添え釜を懸けさせていただきました。私の力などはちっぽけですべて皆さまのご協力だったように記憶しております。中でもかつて、会社で私が茶道の指導をしていた関係で、思文閣社主の田中周二氏がご家族と社員へとかなり茶券を買い求められ茶会の当日、夫人とお嬢さんたちと駈け付けてくださいました。

その時の感想文を氏は後日、送ってこられました。企業人としては自分で著書も出されているだけに、達意の文章です。個人的には面映いのですが。


 拙サイト掲載 京のあきんど 思文閣 田中周二

                          ◇ ◇ ◇

   椿先生との出会い                                      

                  田中 周二 (株)思文閣代表取締役会長

人生に於いて一期一会との言葉がありますように、椿先生との出会いがその後の生き方に多くの影響を頂いたように思っている今日です。

(中略)

話は少し戻りますが、先年久しぶりにお見えになり、何か夏目漱石の書いた作品がありますかと申されたので、書の掛け物をお見せいたしましたところ、気に入っていただきました。


ことし平成十六年四月二十一日と二十二日に奈良の中宮寺に於いて、お茶会をされるお手紙を頂きました。家内と一緒に二日目の日に参りましたところ、中宮寺山吹茶会 椿わびすけ席に案内されました。大書院正面の床の間は、裏千家当代・坐忘斎家元の書かれたものでございました。待合には、漱石の軸が掛けてありました。先生に聞きますと、漱石の書に柳の語句がありましたので、四月にあわせて掛けられたとのことでした。


普通お茶席には文人の軸は使われませんが、今までにない新しい試みとしてお使いになった椿先生の出色です。


中宮寺・本殿の落ち着いた部屋で椿先生みずからのおもてなしでいただいた一服は、俗の世界におります私に断ち切ったひとときの心休まる静かな時間でありました。


久方ぶりに心洗われる中宮寺だったと家路に着きました。






by tsubakiwabisuke | 2007-08-23 00:57 | 京都
2007年 07月 17日

祇園さんの献茶式 裏千家家元ご奉仕

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七月十六日の八坂神社の献茶式は、隔年ごとに表千家と裏千家が交代でご奉仕されています。ことしは坐忘斎・今日庵家元のお献茶の年ですので前から心待ちにしておりました。

茶券と普通はいいますところ、ここは神撰料と印刷されています。その券は九席あって一万円。お裏と表。親戚付き合いの協力と申しましょうか。

一力、中村楼、美濃幸、と老舗の料亭が茶席会場になるという贅沢さに、コンチキチンの音色が
いやが上にも胸の高なりを誘うのです。全国から祇園祭の献茶式に参集した方々その数800人。

ことしは値上がりしたというものの、昨年までは大変お求め安い神撰料でした。ただし点心はありません。和菓子とお茶でまんぷくになりまっしゃろ~~。お値打ちの大茶会だったと思います。

ちなみに詳細を書いておきますと以下のようになります。

○拝服席     今日庵担当(常磐新殿2階)
○副席       三互会担当(常磐殿)、幽静会担当(中村楼)、大中会担当(美濃幸)
○協賛席     今日庵担当(瑶池軒)、淡交会京都支部担当(中村楼階下)、清園会担当(清々館)、菓匠会担当(常磐新殿階下)、而妙会担当(万亭)


なにしろ800人もの客数なんですよ。今日庵席のお世話役の方にそっとお伺いしましたら、約20回とのことでした。大広間ですから40人として一日に20回別の客におもてなしをすることになりますね。

午前9時からの献茶式は、会場外の型テレビにて多くの参拝客はお家元の点前に見入っておりました。後でほんとうに美しい手だったと、お点前のことを囁きあっている声が耳に入りました。


今日庵席に行列で入りますと、業躰さんが私を引き止め、煙草盆の前に連れて行かれました。年の順番かなと諦めてましたら、茶道口からお家元がにこやかにお出ましになりました。

「正客のTさんはじめ、皆さん…」と、席主としての丁重なご挨拶。ソフトなお声は声帯を痛めていらっしゃるように先日お聞きしたばかり。でも、もうそんなに良くなられたとは…。

「新潟では、震度6強という大地震があったと今、聴きました。ご家族の方か知り合いの方がおられる方はどんなにかご心配のことと思います。」

冒頭にこのお言葉がありました。こういう気配りをなさるのがお家元なのですね。いつもそうした心を感得させていただきます。その次に祇園祭の天候から席の道具組みなど平易な語り…。

「今日の軸はあまり出していない玄々斎です。玄々斎は字がうまいですなぁ~。」

「楽事万々歳」 五字一行。じつに雄大な墨痕淋漓とした書体でした。

待合に宗旦の消息。「読めぬ宗旦」通りの難解な文字でした。ただ、六月二日の日付の字はハッキリ読み取れましたが。これの日付には深いわけがあるのです。旧暦の六月二日を新暦に読めば祇園社の祭礼の初日になるとお聞きいたしました。ゆっくり時間をかけて解読したいものです。

私はすばらしいと思いました。ことしもこれらのお道具にまたお目にかかることが叶いました、と参拝客は一瞬、生きた歴代の方々をまのあたりにするのでしょう。これぞ、茶会の醍醐味と申しましょうか。

メインの今日庵席で、正客の座に引っ張っていかれたのは、こんなはずじゃなかったです~~。お家元のご挨拶でTさんとよびかけられたヒトは、平生の行いはあんまり褒められたモノデナイ。痛み入りました。

お家元との会話。
「今日の菓子は行者餅です。疫病除けにどうぞ召し上がってください。」

「ありがとうございます。でも折角のお守りですからこれはお土産に持って帰ります。」

「そういうこともあるかと思って、紙はそのまま外さないでおきました。」

菓子鉢に透明なセロハン紙に巻かれたままの行者餅。
こうした心くばりのあることをあらためて嬉しく教えていただきました。


その他の席は、中村楼の幽静会・淡交会京都支部。
みなさん、お世話さまでございました。いずれのお席もお茶をいただき、ほっこりと一息つきました。

一力の大書院では、表千家の茶席。ここでも何かのせいで上に追いやられ、長板二つ置きのお点前を半畳隔ててまん前に坐って拝見。舞妓さんの可愛いお運びでお茶をいただきました。

男性の半東さんと少しお話いたしました。

「夏目漱石が明治40年と大正4年にこの一力の「大石忌」に来ています。
舞妓やお茶などに接してたいへん驚いたように書かれてますね。」

「そうでしたか。舞妓の出る部屋はこの部屋だけなのです。」

それではこの広間で漱石が居て、ものごとを見聞したということになります。なるほど。
なお、屋号の万亭が一力と呼ばれるのは万の字が一と力で出来ているという所以です。


帰る道順は万亭の土蔵を前にして、庭の緑がさわやかな廻り縁を歩いて例の大きい暖簾「一力」をくぐって外界へ出ました。財政難から今の所有者は、新興の回転寿し屋になっているという説あり。とにかく真偽のほどはわかりませんが、これだけの伝統ある構えを維持するのは大変なようです。


もう一席は、美濃幸で行われておりました。やはり広間二間続きで点前座は長板の二つ板置き。どちらも平水指が夏の風情ですね。半東は男性。点前は女性。正客に勧めてなって頂いた方は淡交会青年部で大活躍の太田さん。男性ですが麻の縦じまの和服を着用しておられました。なかなかいいものでした。

涼やかな菓子なども嬉しいもてなしですが、客の着物も夏らしく奄美大島の香りがただよう「草のきもの」で、一座の雰囲気をごいっしょに楽しんだひとときでした。




この日記は17日に非公開でUPしていたものですが、PCの不調でそのままになっていました。

祇園祭は過去ログにも載せておりますのでそちらもどうぞ!

http://rendezvou.exblog.jp/3855066

http://rendezvou.exblog.jp/3813812

http://rendezvou.exblog.jp/3790780

http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/heiwa.html

http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/zaihu.html

http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/gionmaturi2003.html






by tsubakiwabisuke | 2007-07-17 23:07 | 京都
2007年 03月 16日

京都市指定 天然記念物 総見院のワビスケ

信長の墓所・総見院に咲きつづけるワビスケは、 京都市指定天然記念物です。(北区紫野大徳寺町) 昭和58.6.1指定。1本 樹高6.4m。「豊公遺愛わびすけ」との伝承があるのです。
椿の品種ワビスケとしては日本で最古の木といわれています。

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大徳寺山内の石畳の道をゆっくりと歩く人々。

しばらく行きますと、若松…が見えました。 土塀にひっそりと添うように佇んでいるひともとの若松に、「がんばってね」と声をかけたくなりました。それから松の巨木の根っこに、しばし足を留めました。何百年か無言でここに生き続けている松ノ木です。


総見院のワビスケの木も、これからもずっと長寿であって ほしいものです。







by tsubakiwabisuke | 2007-03-16 19:30 | 京都
2007年 03月 02日

西川一草亭 去風流挿花 漱石との交流


西川一草亭(一八七八~一九三八)
去風流七代目家元。昭和13年(1938)一草亭歿、61才。

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女性としてはよき家庭を築いた良妻賢母。知識人としても美術評論が抜きん出ていた白洲正子さん。彼女は生け花を習ったことはないそうですが、花について次のように言及されています。

[私はいけ花を習ったことはない。
しいて先生があるとすれば、好きで集めた器の類と。
西川一草亭の編纂による「瓶史」とよぶ冊子かもしれない。

「瓶史」から学んだのは、
いけ花は一種の総合芸術であるということだった。
花は花だけで孤立するものではなく、
周囲の環境と生活の中にとけこんで
はじめて生きるという意味である。

もうひとつの先生は器である(中略)
花は器にしたがって生けていれば自然と形になるということを自得した。」


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西川一草亭の令孫、華道去風流九代家元・西川一橙氏。
わびすけの所蔵する竹花入れ、一草亭好みの尺八に挿花をお願いいたしました。

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夏目漱石が一草亭のために書いた画賛。

  牡丹剪って一草亭を待つ日かな  漱石

●2003/04/17 Thu 21:53 津田青楓の兄 西川一草亭

この拙文を書いたとき、いつか「去風洞」家元を訪問したいものと考えておりました。4年経って漸く実現したというのは、なにごともスローモーな私めでございます。

漱石の画賛の軸の箱書きは、いうまでもなく一草亭ご本人です。すばらしい筆跡をカメラに収めることができました。
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椿のデザインは一草亭のオリジナル。来客の時だけこのテーブルセンターをお出しになるとか。
光栄です。





漱石が京都に来て、西川一草亭の自宅を訪ねた記録が残されています。

「去風洞といふ門札をくゞる。奥まりたる小路の行き当り、左に玄関。沓脱。水打ちて庭樹幽遠、寒き事移し、床に方視の六歌仙の下絵らしきもの。花屏風。壁に去風洞の記をかく。黙雷の華蔵世界。一草亭中人。…… 料理 鯉の名物松清。鯉こく、鯉のあめ煮。鯛の刺身、鯛のうま煮。海老の汁。茶事をならはず勝手に食く。箸の置き方、それを膳の中に落す音を聞いて主人が膳を引きにくるのだといふ話を聞く。最初に飯一膳、それから酒といふ順序。…」。

茶事の様式で漱石は出された懐石を口にします。はじめての体験でひどく窮屈だったようです。このあと、漱石はずいぶん失礼なことを一草亭に言うのですが、それでも二人の間には妙に惹き合うものがありました。



私は一草亭のお孫さんである一橙氏とは初対面でしたが、「去風洞」家元の佇まい、九代家元のお人柄に触れ感深く存じました。この家風は自然のすがたの花木を大切にされ、いわゆるアート的なものとは一味違うのです。

ウグイスカグラの花が小さく咲いた枝。それと本阿弥椿を一輪、お入れになりました。
それぞれが生き生きとうつくしく添い、竹花入れに調和しておりました。椿の葉のなんと見事に映えていたことか。

茶花ですと、つもって生ける。よく「つもり花」と申しますね。雰囲気は共通するものがございます。しかし、こちらは茶室に限定された部屋ではなく、書院風な感じがあり生活に自然をより美しく取り入れるといった風趣です。

風流一生涯、とは一草亭が死に際して書いた絶筆だったとお聞きいたしました。挿花を教えて月謝をいただくことすらこころよしとしなかった清貧の家風が続いていたようです。決して裕福ではなかった一草亭ですが、漱石との交流、弟である津田青楓が漱石の日本画に影響を与えたことを思うのです。

超俗のなにかがそこに生きていた、今も去風洞にはそうした伝統があるように、私は感じるのでした。






by tsubakiwabisuke | 2007-03-02 01:17 | 京都
2007年 02月 19日

美術売り場 そぞろ歩き

淡交会主催の研究会へ行った帰りに、タカシマヤに寄ってウインドウショッピングをしました。見るだけって、ひやかしというんでしょうね。ごめんなさい。ついでに写真を撮らせてもらいました。
最初は美術売り場です。

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はい、これまで。

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7階、軽い食事をしたお店のお手洗いです。センスがいいとお思いになりませんか?


なんだか、すいすい画像がアップされます♪

コメントなくても猫が語ってくれそうですね。

研究会は講師が阿部業躰。いいお話でしたよ。また書きますね。






by tsubakiwabisuke | 2007-02-19 01:24 | 京都