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カテゴリ:茶の道( 69 )


2007年 03月 29日

柳はみどり 裏千家利休忌の日に

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近藤悠三陶板

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花入 六閑斎(りっかんさい)在判 銘 春風 亀波蒔絵 箱不見斎 泰叟二重 
 
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花 花梨(カリン) 五色散り椿

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by tsubakiwabisuke | 2007-03-29 00:41 | 茶の道
2007年 03月 27日

明日は 裏千家宗家の利休忌のご奉仕に

おそろしい程です。月日の経つ速さというのは…。

菜の花。
利休忌が済むまでは茶席に菜の花は活けない、といった約束事がありました。

利休居士が切腹された日、最後の茶室の床には菜の花が生けられたと伝えられるからです。

裏千家宗家三大忌の一つである、利休忌。3月28日に法要と追善茶会が執り行われます。

この日のことはこれまでも拙サイトにアップしておりますのでご存知の方もいらっしゃいましょう。またか、と思われる方もいらっしゃいましょう。

明日は水屋でお手伝いをさせていただきます。できれば写真を撮るかもしれません。同じ画像よりやはり新しい画像が見たいとお思いになるでしょうし。

とりあえず、旧年の利休忌の思い出をどうぞ。


target="_blank">偲ぶ 1999年 利休忌 かなしみのとき


2003年利休忌 宗家けいこ場席 半東(はんとう)の役


3月の行事

2001年 節分と宗家と茶会







by tsubakiwabisuke | 2007-03-27 23:35 | 茶の道
2007年 03月 12日

千羽鶴って ツバキでっせ 今咲いてます

スライドショー 千羽鶴が咲きました

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ことしの初天神(1月25日)、北野天満宮の植木市で、千羽鶴という銘のツバキの若木に出会いました。

「美智子皇后さまはこのツバキがお好きなんだそうですよ。」

植木屋さんにそういわれると、急に買いたくなりました。いそいそと重くても手に持って家に運びました。

その木に蕾がついていましたが漸く3月になって膨らみ、先日から次々と花が咲いています。

一重でうっすらと紅がさしているような、つつましやかな花です。一輪だけですがカメラに収めました。

うれしいことに、この日は中宮寺ご門跡さまの喜寿記念の或る行事のための会合がございました。

ご門跡さまを囲んで、編集委員のお歴々の方々の末席に加えていただいていますわびすけ。

冷泉さま、出雲路先生、北野天満宮宮司さま、中宮寺お世話役・ドクター辻さま。

皆さまの間で、きびしくも建設的なご意見、たのしい会話が続きました。会合はこれで4回目です。

なにやらデカイ顔に写っているのがお恥かしいです。千羽鶴のようには到底まいりませんです。

9月には晴れてお知らせできることと存じます。




1月25日 今日は初天神






by tsubakiwabisuke | 2007-03-12 01:22 | 茶の道
2007年 03月 08日

北海道~パリ 幸福の鐘 コウノトリ 


茶道を通じて若い方々とお付き合いするなかで、心あたたまる実話を聞くことがあります。

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yukoの夫 pさん撮影 2006年春

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幸福の鐘

今はフランスのパリ市に新婚家庭を築いている29歳のyukoさん。
その方から、昨夜メールが舞い込みました。新しいマンションに引っ越した為、インターネット環境が不自由(数ヶ月も不通)で、電話もなかなか取り付けられなかったようです。日本の便利さに慣れている私たちにはちょっとした驚きです。

航空郵便ではすでに、オメデタの知らせは来ていたのですが…。


「先生、ご無沙汰しています。
1月27日、出産しました!
心配を他所にすごく安産で赤ちゃんは3365グラムですごく元気な女の子です。」

うれしいお知らせでした。
でも、赤ちゃんの写真は昨夜、はじめてネットから送信されてきたのです。

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お名前はリサちゃん。黒髪と黒いひとみ。おお、!!!




この赤ちゃんは、じつはコウノトリが運んできたと、yukoさんは昨年話してくれました。

北海道に彼と旅した日のこと。船に白い鳥が飛んできてふたりの傍を離れなかったそうです。


「私の父がやっと彼との結婚を許してくれて、彼が日本に挨拶に来た時桜を見せたくて北海道
に行きました。」

「この時はただ、「かわいい鳥だねー」とか、「この鳥さん、私たちのこと好きみたい
だね」ってはしゃいでいただけなのです。

それがフランスに帰って、 北海道の写真を見てこの鳥のことを思い出したのです。

こうのとりだったんだ!
って。


鳥さんと、重大な決意をしてくれた彼にとっても感謝しています。

彼に出会うまではどちらかというといつも強気な女でした。 
彼と赤ちゃんは私をすごく素直にしてくれました。 」


フランスのIT産業で若きエリートとして活躍するフランス人の夫君と、茶の心をもって生きようとするyukoさん。パリ市役所であたたかい祝福を受けながら結婚式を挙げられたのでした。

その時、夫君のおじい様が車椅子で出席されました。花嫁が身をかがめておじい様に挨拶される写真が私にはとても美しい光景に見えました。


きのうのメール

「先生、こんにちは。
やっとインターネットが開通して、ゆっくり家でミクシィが見れるようになりました。
どうぞこれからも宜しくお願いします。yuko 」




yukoさんのこと

2006年 10月 26日
カミーユクローデルが製作した兄・ポールクローデルの胸像



2006年 10月 30日  天龍寺献茶式に 恒例のご招待







by tsubakiwabisuke | 2007-03-08 00:32 | 茶の道
2007年 02月 27日

まもなく利休さまのご命日

2月28日は、利休居士の祥月命日になります。
大徳寺聚光院で法要が行われその後、追善の釜が懸けられます。去年は今日庵の当番で、淡敬会は三玄院で一席ご奉仕させていただきました。

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裏千家ホームページにその日のようすが掲載されております。
18年02月28日 利休居士毎歳忌


利休忌・淡敬会席(三玄院)
ご宗家の皆さまをお迎えして、点前をさせていただきましたわびすけの光栄。忝いことでございました。


◇ ◇ ◇


先日、研究会での阿部先生のお話を、ここで待っていらっしゃる方々が多いと思います。
会場から質問があり「八炉」について解説されました。

☆除夜に丸ぎっちょを8本くらいよく熾っているものを炉の中に入れ灰をかけ埋め火とする。

☆利休堂は、三畳中板の茶室になっている。炉は本勝手出炉である。

☆元日。除夜の埋め火をその炉に下火として移し、梅の井から午前4時に汲み上げた若水を釜に入れ準備をする。

☆家元が台天目の点前をされる。利休居士に供えられた後、大宗匠へすすめられる。
大宗匠は、「家元からどうぞ」と仰せになる。ご一族がおごそかに順服される。


裏千家宗家の大福茶は、このように利休御祖堂で行われるのです。
…というように私は記憶しますが、間違っているでしょうか。

利休御祖堂はにじり口があり、小間の名席であることを是非知っておいていただきたいのです。
利休さまの等身大の立像と、宗旦さまの小さい坐像がおわします。


ここで、私は準教授、教授、正教授の親授式をしていただいた日々のことを忘れません。
当時の鵬雲斎家元と坐忘斎若宗匠がお坐りになり、直接手渡しをしていただきました。御祖堂は厳粛にして澄み切った空気が張りつめ、感激に心ふるえるのでした。


利休忌。名誉師範を拝受される方々はこの日に、最上の栄誉に浴されるのです。
目安としては80歳前後の、裏千家茶道に貢献ある先生方。
おめでとうございます。




JanJan コラム 古都つれづれ 大徳寺・千利休居士の毎歳忌






by tsubakiwabisuke | 2007-02-27 00:27 | 茶の道
2007年 02月 24日

裏千家 利休堂のお話 元日には大福茶の点前が

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数年前になります。この写真を撮ったのは。結界が置かれているのは入室禁止のおしるしなのです。

裏千家ホームページに、わかりやすく「茶室案内」が出ておりますので、ご参照頂きますよう。
裏千家宗家 利休御祖堂
 

つぎに畏れ多くも2002年の春、許諾を得ておん祖堂のなかを撮影。

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普段は入れない聖域に、特別にカメラを持ってお参りさせていただきました。

漱石の孫・マックレイン陽子先生をご案内して利休堂の見学を許された日のこと。今思い出してもまことに勿体ないことでございました。

2002年春 Mrs.松岡陽子マックレインの京都


先日の淡交会・研究会で、阿部業躰のお話がこの重要な「利休御祖堂」のことだったのです。

少しづつ書き足していこうと思います。







by tsubakiwabisuke | 2007-02-24 20:53 | 茶の道
2007年 02月 14日

炉には、地摺り(じずり)の羽を

茶道には炭点前というものがあります。
炭点前には、風炉と炉とそれぞれ点前と用具の使い方に違いが出てまいります。

羽箒(はぼうき)は、鳥の羽で作られたものを清める茶の用具です。古くから鳥の羽は塵埃(じんあい)に染まらない清浄なものとされました。炭点前の際、風炉の場合と炉の場合、羽箒も作り方が変わります。


さて、今は炉の時期ですから皆さまは炭点前をなさる時、羽箒はどのようなものかご存知でしょう。炉縁(ろぶち)から五徳、畳、さらに席中を掃き清めるのに使用されるのをご覧になっていることと思います。


ここに茶道の古典である『凌雲帳』を、ご紹介させていただきます。表千家の貴重な書物で裏千家の点前も共通するものです。

小西酒造株式会社運営のウェブサイトより引用。
凌雲帳 地の巻

「一 羽箒(はぼうき)

 羽箒(はぼうき)には、左羽(ひだりばね)、右羽(みぎばね)、双羽(もろは)、掃込(はきこみ)の四種あり。

 羽(はね)は鶴(つる)、雁(がん)、鷲(わし)、梟(ふくろ)、野雁(のがん)、等を用ふれども、鶴を最上とす。

 野雁(のがん)は臺子に必要なり。掃込(はきこみ)は白鳥(はくちやう)を用ふ。羽箒は總て新しきがよし」


 右羽(みぎはね)は風爐の本勝手、爐の向切(炭の逆勝手)に用ふ。

 左羽(ひだりばね)は爐の本勝手、臺目、隅爐、逆勝手及風爐の逆勝手に用ふ。

 双羽(もろは)は中央の羽にて、左右廣狹(こうきよう)なきものなり爐、風爐、左右何れにも用ひ得るものなり。

 掃込は運び點前に限り用ふるものにて、左右二つあれども、左右の勝手、爐、風爐共右羽のみを用ひ、羽の兩側を用ひて差支なし。

 男女共炭點前の後には必ず、使用した疊の上を膝をついて掃き込むべし。但し蹈込(ふみこ)み疊と道具疊とを合せて、一間半以内の席のみに用ふ。


 羽箒(はぼうき) まとめ

●炉縁の周囲、炉壇の上、五徳の爪や風炉などを清めるために掃くもの。

●三つ羽と一枚羽がある。一枚羽は真の羽箒として、炉、風炉共に使用。

●三つ羽は行・草に。炉用は左羽(向って左が広い)もの。風炉用は右羽(向って右が広い)ものを使用する。
 

このほか、青鸞(せいらん)の羽箒。裏千家宗家で台子のお稽古に使用させて頂いております。


風炉用、炉用、裏千家では利休道歌にあるものが踏襲されています。先ず、炭点前に関する利休道歌を見てみましょう。




炭置くはたとへ習ひにそむくとも
          湯のよくたぎる炭は炭なり

客になり炭つぐならばそのたびに
          薫物などはくべぬことなり

炭つがば五徳はさむな十文字
          縁をきらすな釣合をみよ

焚え残る白炭あらば捨ておきて
          また余の炭を置くものぞかし

炭おくも習ひばかりにかかはりて
          湯のたぎらざる炭は消え炭

崩れたるその白炭をとりあげて
          又焚きそへたることはなきなり


風炉のとき炭は菜籠にかね火箸
           ぬり香合に白檀をたけ

風炉の炭見ることはなし見ぬとても
          見ぬこそ猶も見る心なれ

客になり風炉のそのうち見る時に
          灰崩れなん気づかいをせよ



客になり底取るならばいつにても
          囲炉裡の角を崩し尽すな

炉の内は炭斗瓢柄の火箸
          陶器香合ねり香としれ

いにしへは名物などの香合へ
          直にたきもの入れぬとぞきく


羽箒は風炉に右羽よ炉の時は 左羽をば使ふとぞ知る


ありました、ありました。「風炉に右羽 炉の時は 左羽」 ですね。

さて、その心は。

その意味がなんのことかわからしませんでした、私には。

右が広い羽のほうが風炉の場合。左がせまい羽箒が炉用にと決められていますね。
私はこのことが分からないままでしたが、今日、ご宗家の稽古で寺○業躰先生に質問して一つの解答をいただいたのです。

86歳の最長老の先生ならではの、貴重なおことばでした。

「あのなあ、鳥に聞いてご覧。」

「鳥のことばがわかりませんので、寺○先生から聞きたいですね。」

「鳥が羽ばたいてる羽を見てみ。上に広げてるのが広い羽やろ。
下、地面に摺れている羽は狭いところや。それを地ズリの羽というたもんや。
ジズリの羽は強いし、だから炉は地摺りの羽箒を使えと昔からいうたもんなんや。」


ということでございました。忘れない内に覚書としてしたため、ご披露いたしますね。


今日は次の間で大炉のお稽古。私はしんがりで薄茶をさせていただきました。






by tsubakiwabisuke | 2007-02-14 16:10 | 茶の道
2007年 02月 10日

京都美術倶楽部 松庵茶会2月例会

1月の担当は、赤坂玄古庵。2月例会は、上原永山堂。いずれも日は9日に決められています。

赤坂政次さんはその鑑識眼といい、お人柄といい私の尊敬する方です。ことし9日午後は今日庵・初釜のご招待でしたから、赤坂さんの茶会には心ならずも失礼してしましました。

でも、上原さんという方も赤坂さんに次いで京都美術倶楽部の長老というべき茶道具屋さんなのです。
その昔、文豪の川端康成さんが常連客でいらしたのですから、上原さんの見識がおのずとわかるというものです。

写真撮影は快く認めてくださいましたので一席おわったころ、少々撮らせていただきました。

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永山堂のご主人は中央、夫人とご子息も丁寧なおもてなし。

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玄々斎手づくねの黒楽茶碗。銘 「延喜楽」 

●延喜楽 (えんぎらく)、舞の名。醍醐天皇の延喜8年(908)に式部卿敦実親王が舞を作り、左近少将藤原忠房が曲を作り、年号をもって曲名としたもの。慶賀の時には必ず舞われているといわれています。

玄々斎の共箱で、「 於庭前拙作 」の文字が読めます。おそらく玄々斎は楽家から来た土ひねりの原型を、今日庵の庭でみずから手を入れて仕上げられたのではなかったでしょうか。
そして慶祝の意をもってこの銘をおつけになったのだと、私はひとり想像するのです。

●茶杓は、玄々斎の養父に当たる認徳斎の作です。
「 み楚連 」と共筒にしたためられていますが、これは万葉仮名で「みぞれ」と読むのですね。
箱には「 自作茶杓 霙ト号  認徳斎 」とあります。

竹のけしきがあたかもみぞれを思わせるようです。櫂先は認徳斎らしい剣先でこれが玄々斎に引き継がれたということでしょう。きりりとしてふぜいのある茶杓でした。

●その上、雪輪の蒔絵棗との取り合わせは、ニクイとしか言いようがありません。


●それから待合掛け物について。
酒井抱一の「 紅梅画賛 」。賛がなんともおもしろいのです。
「 紅梅や 唇うすし 京童へ」。 さて、これをどのように受け取るべきか。

私は四客くらいの場所におりましたが、席主の上原さんとは気楽に話しあえるお付き合いですから横からふっと、こう申しあげたのです。

「京わらべといえば「二条河原落書」ですか、口さがない批判をおもしろおかしく書き付けたようですね。その京わらべも紅梅の美しさの前には、くちびるがうすい。つまり口をつつしんでいるといった風なことではないのでしょうか。」

同席の方々が笑顔で、ああ、そうですねえとうなづかれ、主がまた如才なく、「いやぁ、これはいいことを教えてもらいました。」と返されたのは嬉しかったですねぇ。ちごてたらえらいこっちゃ。

●釜が二月につきものの広口釜。芦屋に珍しい短冊の地紋があるいいものでしたが、なにせこの暖冬。ご亭主は「まるで調子が狂いいましてな。」と頭をかいておられました。

●広蓋に合わせて用いたといわれる古銅の三猿の蓋置きも、たのしいものでした。

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●あとさきになりましたが、花は木藤に椿。
画像が無事入るでしょうか。

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最後に釜の煮え、白い湯気でもいかがでしょう(笑)



お正客の方は欧米人の男性。日本語はもとよりお茶の本質をしっかり把握された本物の数寄者とお見受けしました。日本にいらしてからどのくらいになられますか、とお尋ねしましたら、「はい、僅か30年でございます。」と。裏千家を学んだと仰っていましたが、みどり会ではないそうです。

上原永山堂のお店の、たいせつなお得意さんではなかったでしょうか。
連客ともども、お正客さんの堂々たる「正客ぶり」に、感じいったことでした。






by tsubakiwabisuke | 2007-02-10 16:36 | 茶の道
2007年 01月 28日

スライドショー 中宮寺の初春 中宮寺御流の初茶会

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1・28UP スライドショー 中宮寺の初春 中宮寺御流の初茶会

 中宮寺御流という茶道の流派があるのを ご存じでいらっしゃいましょうか。

 尼門跡 日野西光尊さまは中宮寺御流のお家元なのです。初釜の次の日にお社中の皆さまの内輪の会がございました。この日のスナップをスライドショーにしてみました。

 濃茶席は中宮寺ならではのお掛け物。 大正天皇ご真筆でした。皇太子殿下であられた頃のご染筆の由。
 箱書きは一日前の「初釜」の道具のお取り合わせから秋篠宮悠仁(ひさひと)親王さまご生誕慶祝の席と拝察いたしました。

茶会記はご門跡みずからお書きになったもの。一日前の「初釜」の道具組と若干異なるとおっしゃっておりました。

 お席主は日野西さまの高弟であられます、91歳におなりになる師範のお方。尊いご精進のようすを学ばせていただきました。

 濃茶席、薄茶席ともに人形が飾られていて尼寺らしいしつらいでございました。






by tsubakiwabisuke | 2007-01-28 12:18 | 茶の道
2007年 01月 25日

きのうは宗家・稽古はじめ 今日は初天神

茶の湯には 梅 寒菊に 黄ばみ落ち 青竹 枯れ木 暁の霜 
                                         ー利休道歌ー

この利休道歌をさらっとお書きになったのは、裏千家九代不見斎。その掛け物がかかっていたのは裏千家で貴人座がある抛筌斎(ほうせんさい)でした。

今日庵 茶室・茶庭(裏千家ホームページ)

1月24日は、ご宗家における初稽古が行われました。志倶会という直門の会員だけに許される稽古日で、私どもはみな紋付を着て厳粛な面持ちで兜門(かぶともん)をくぐります。

咄々斎(とつとつさい)の床を背に、鵬雲斎大宗匠、坐忘斎家元のお二方が着座されますと、稽古始のご挨拶がありました。

お家元はこの利休道歌「茶の湯には 梅 寒菊に、、、、」 と朗詠されてから、「私がもっとも好きな歌です。」とお話になりました。

侘びの境地が見事に表現されているこの歌に続いて、「人生にリハーサルはない、その都度その都度がみな本番なんです。一期一会(いちごいちえ)です。」

「今日の稽古もそうした心構えであって欲しい。単なる稽古ではなく、再び来ることのない日であることをおもい、一期一会の修道として。」と、いうご指導に身の引き締まる思いがいたしました。

また、知人の方が「一番になろうと思ったことはないが、僕は一流の人間になりたいと思う。そのために伝統文化の茶道の稽古をすることにした。」とのエピソードも、心なごむものがございました。

いえいえ、けっしてこちらが一流だなんて思い上がってはおりませんです。ただ、日本が世界に誇りうる「侘び」の美とその理念を、身近に感得できることを仕合せだとしみじみ思うのです。
勿体ないことに、咄々斎で七事式のお稽古が許され、私は茶通箱で仕舞い花をさせていただきました。



(植木市と苗木の写真はココログにアップしました。)今日の25日は北野天満宮の初天神でした。午後からお参りかたがた行ってまいりました。目的は植え木市なんです。昨年の初天神で買い物をした植木屋さんを探しました。やっぱり、前と同じ奥まった場所にいてはりました。

「去年もらいました玉之浦がきれいに咲いたんですが、夏に枯れてしまいまして。」

「そうでしたか、残念でしたなぁ。玉之浦ならここにもありますよ。」

「ほんとや。いい木ですね。もらいますわ。」ということで、次から次から欲しい木が増えていき、結局4本の苗木を買うことになったんです。全部、椿の木です。

玉之浦。曙椿。(庭にあった木が枯れそうになっているので)。五色散り椿。千羽鶴椿。

「今の皇后さまがお好きな花がこの椿ですよ。」とすすめれた木が千羽鶴という名の椿でした。
純白のようでうっすらピンクがかかっている清楚な小輪の花です。ワビスケ系とも違う中部地方のツバキのようです。

千羽鶴という椿の花すのつりさんのHPより。

京椿 五色八重散り椿。
京都の法然院、本堂北側の中庭にある、五色八重散り椿です。(この木の末裔でしょうか。)


ああ~~、けっこう値のはる苗木でした。千羽鶴のほうは苗木というよりしっかりした木です。でもなんだか庭に植えたいという気持ちになってオバチャンと交渉の結果、全部で千羽鶴だけの値にしとくよ、ということになりました。財布の中は空っぽになり、その代わり植木をかかえて家路をたどるわびすけでした(*^。^*)。


これって、じつは自分への前祝いだったのですよ。
そうなんです。7月から一年間原稿料をいただくことになったので、先ずは椿の木でお祝いってわけです。



『なごみ』編集部の方からは、FAXと電話でさっそく仕事の打ち合わせ。私の担当は20代の男性編集者Eさん。フレッシュマンといえば新入社員をいう言葉でしょうが対応がキビキビされていてしかもフレッシュ!

コラムのタイトルとして三つほど候補が書かれていました。Eさんが考えられたのでしょう。
FAXでは最後の候補がなんともおかしいのですよ。

電話
「小社の「ご連載依頼内容書」をFAXでお送りしましたがお読み頂きましたでしょうか?」

「ありがとうございます。ご配慮を感謝しています。ところでわからない箇所が一箇所ございますが。」

「どうぞお聞かせください。」

「ご執筆テーマ、、、、(仮)の最後に挙げられたタイトルですが。「椿H記」となっていますね。
あの~ぉ~、私がエッチを書くってことではないですよね???」

電話の向こうでは若い男性の声色がぱっと変わりました。噴き出したような笑い声に。

「すみません。こちらでは確かに 椿日記 と表示されているのですが、FAXで不具合が生じたと思われます。決してそのようなことではございません!」

やれやれでございます。

どんな名前がいいでしょうかねえ。コラムの名前。
みなさまの率直な声をお聞きできればどんなにかありがたいと思います。

どうぞよろしく。






by tsubakiwabisuke | 2007-01-25 03:52 | 茶の道