blog 漱石サロン ランデエヴウ

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カテゴリ:茶の道( 69 )


2008年 06月 20日

桐蔭会 6月18日 淡敬会担当

待合の床から
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本席の床

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by tsubakiwabisuke | 2008-06-20 16:41 | 茶の道
2008年 02月 29日

二月二十八日 大徳寺利休忌 淡敬会席 梅と椿と

史実からみれば利休忌は二月二十八日になるのですね。毎年のように今日庵の担当となりますのでことしも、今日庵席、直門淡敬会席、淡交会京都連合会席、と三つのお釜が懸かりました。
私の所属している淡敬会は大徳寺山内の三玄院で終日参詣の方々をおもてなし致しました。

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淡敬会のトップ。元気じるしのお姉さん方

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床の間の掛け物は、一燈さんの「有梅添月色」(梅あり 月の色を添う)。

夜の中に香る白梅の古木があります、、、梅の花が彼方の月の光に静かに照らされるさま、、、眼の前にに浮かんでくるようですね。

花入 竹二重切 銘 清波 一燈在判 箱

こちらも同じ一燈の作。清々しい気があたりに満ちているような花入れでした。

カメラが手ブレしてしまい、お恥ずかしい画像ですみません。

香合 蕗の薹 了全造

あとは会記をどうぞ。そうそう、菓子はよもぎ餅。老松製。お茶は辻利園。長久の白。



皆さま、この茶杓には驚かれたのではないでしょうか?

ご存じと思いますが、玄々斎に千代松という一人の子息があり、一如斎とよばれました。
養子の玄々斎は最初、まち子という認得斎の長女と結婚、まち子さんが不運にも急逝されましたので、前妻の妹であるてる子さんを娶ったと伝えられます。

照女と書かれた染筆をご覧になったことはございませんか。
てる子さんは書も巧みな才媛で、晩年の父君と夫君を援けて箱書きをされているのを時として見ることが出来ます。

そのてる子さんと玄々斎の間に出来た一如斎は、惜しくも弱冠十七歳で夭折。少年とは思えない芸術の香りがふくいくと漂うのを感じるのです。天性の秀でた魂に心を動かされます。

茶杓の銘、玉椿

梅と椿と、しめやかに流れる時の流れ、人々の和の交わり、炉のあかき炭火にたぎる釜の煮え。会の末席を汚す自分自身を顧みて、今日一日無事に水屋の手伝いができましたことを感謝するのでした。

点前も一度いたしましたし、やはり元気のもとがお茶であることを再認識して帰路につきました。

中宮寺さま、タクシーで送っていただきありがとうございました。




大徳寺・千利休居士の毎歳忌 2006/02/28






by tsubakiwabisuke | 2008-02-29 23:57 | 茶の道
2007年 11月 21日

旦少年のおもかげを偲び もえる紅葉を写しました

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スライドショーをアップしました。

11・21スライドショー大徳寺山内の紅葉 宗旦忌350年の日に
http://wabisuke.la.coocan.jp/soutankinohi2007.html


宗旦さまには「旦少年」とよばれた時期がおありでした。旦少年へ贈るというその題名のままの漢詩が記録に残されています。

贈った方は禅の師匠である春屋和尚です。親の元を離れ小僧さんとして大徳寺に預けられた十二、三歳の旦少年に、慈愛に満ちた励ましの漢詩の内容なのです。

春屋の『一黙稿』は、淡交社から嘗て淡々斎が序文をお書きになり刊行されています。私は愛読していたその書物をどこかへしまいこんで今詳述することができずほんとうに残念に思っています。

けれども宗旦忌の日に、旦少年のおもかげを思い、協賛釜の水屋でご奉仕できることを感謝しておりました。スライドショーは解説がなくともお茶人さんがたはご存知と思います。

法堂(はっとう)。~芳春院。~本坊。~じゅ光院。高桐院。最後の不審な場所は、夕食をいただいた某所。

きものをご披露することは京友禅のPRにもなりましょうか。いま厳しいこの業界に元気を出してという老婆心でございます。きもの好きな趣味を一人でも多く増やして欲しいところです。







by tsubakiwabisuke | 2007-11-21 17:08 | 茶の道
2007年 11月 18日

宗旦忌 明日は350年祭と申しましょうか

宗旦さまの350年忌、明日11月19日は大徳寺において法要と大茶会が開催されます。

直門席は高桐院。私は明日の午後から水屋でお伝いをさせていただきます。
翌20日は全国から参詣の門人の方々でたいへんな人数になることと予想されます。

申し込んでも抽選に外れたと嘆かれるお声も多く聞かれます。せめて過去の記録なりとご覧頂き、ささやかなひと時をお過ごしいただければと、ブログを書くことにいたしました。



今日庵・宗旦忌2001年 2001年12月2日UP

http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/2001soutanki.html



今日庵 宗旦銀杏のもとに 2000年12月3日UP

http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/soutanityonomotoni.html



平成十五年十一月十九日
今日庵 宗旦忌   協賛席 志倶会担当

今日庵宗旦忌 そうたん狐が来たような 2003年11月
 

http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/2003.soutanki.html



2001年 10月 19日
千 宗旦は利休居士の孫。1658年12月19日没。
今日庵では毎年11月19日に宗旦忌が施行される。
その由緒ある 月命日の日に つつしんでUP。

椿わびすけのゲストギャラリー 「あなたと撮った茶のある風景」 

最終回 撮影者 千宗之若宗匠

http://tubakiwabisuke.cool.ne.jp/guest.last.sen.html




この記録は過去にそれぞれアップしたものです。宗旦さまのこころに届きますでしょうか。

参考
禅と日本文化
千宗旦(せんのそうたん)





by tsubakiwabisuke | 2007-11-18 15:22 | 茶の道
2007年 11月 16日

スライドショー 2007年光悦会 うすもみじといった景色

スライドショー 2007年光悦会
11月11日から3日間、鷹が峰の光悦寺で、恒例の光悦会が開催されました。


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スライドショー 2007年光悦会 ことしは薄紅葉の景色


会記や席の様子などは後日にゆずります。昨夜とりあえず、写真だけアップいたしました。
過去の記事も併せてご覧になれば、遠隔地の方々は雰囲気だけでもおわかり頂けましょうか。

光悦に関する拙文がIT新聞に掲載されたものを含めて、URLを出しておきますね。

◇ ◇ ◇

スライドショー 2006年光悦会
http://wabisuke.la.coocan.jp/2006kouetsukai.html

スライドショー光悦会  2005年
http://homepage1.nifty.com/xkyou/kouetukai2005.html

スライドショー 2004年 鷹ヶ峰 光悦会
http://wabisuke.la.coocan.jp/2004.11kouetsukai.html

2月3日は光悦忌
http://www.news.janjan.jp/column/0602/0602038746/1.php

職人たちを育てた芸術村 本阿弥光悦
http://www.news.janjan.jp/culture/0511/0511135089/1.php






by tsubakiwabisuke | 2007-11-16 11:12 | 茶の道
2007年 09月 09日

2007年9月7日裏千家無限忌 副席

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ご夫婦の忌日がまったく同じというのは、世の中にはあまり多いことではありません。9月7日にお二人のご遺徳を偲ぶ一会にことしもご奉仕をさせていただきました。

無限忌とは、裏千家第十四代碩叟宗室、淡々斎の名で親しまれているお方です。1893年(癸巳,明治二十六年)にご出生、1964年(甲辰,昭和三十九年)9月7日に逝去。伝道に行かれた北海道で急死されました。享年70歳。

無限斎の斎号と碩叟の号は大徳寺の瑞巖老師が授けられたものです。淡々斎の著書『風興集』には、その間の謂れが詳細に書かれています。瑞巖老師は無限斎のことを「人中の英」と讃えておられるのです。

淡々斎は学問を重要なものとして学び尊んだ方です。今は学者といえばサブカルチャー的な言動をされる風潮がありますが、本来はそうしたものではなく本格的な学者を尊敬されました。淡交社刊『茶道古典全集』はその偉業を余すところなく伝えていると思います。

嘉代子夫人は仙台のご出身。美貌に加え才気と母性的な心配りで人々を魅了された方でした。裏千家中興の女性と申しても過言ではありますまい。その夫人の法名清香院様は後年、最愛の夫君の後を追うように同じ9月7日に逝去されたのでした。ことしもその法要が聚光院にて厳かに執り行われました。

私ども直門は、大徳寺における無限忌の副席を例年のごとくご奉仕させていただきました。三玄院の茶席のもようを水屋仕事の合間に撮りましたが、カメラの故障でうまくいきませんでした。多少見られるものだけアップしてみましょう。

トップ 床は円能斎 清風拂名月

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淡々斎好みの円意棚 歌と在判が天板裏にあり
ものごとに 障らぬものは 円かなる おのがまことの 意(こころ)よりこそ 
 
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菓子器 オランダ

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茶碗 淡々斎歌銘 「松風」 覚入造

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道具は当番持ちよりです。高価なものを見せてもらうのですから勝手な批評は避けたい処ですが…。私の感じたことは、風炉の雲華面取りの色彩がちょっと目立ち過ぎているようで、全体の印象から惜しいと思いました。難しいですねえ。

花入は淡々斎好、無心籠。

水指は古膳所(こぜぜ)、渋く味わいのあるものでした。

棗は秋の野棗、八代宗哲の作。これは利休好。

茶杓 淡々斎 銘 初雁、風情のある茶杓でした。
この銘のお菓子が今日庵席で出されておりました。末富製。黒砂糖にくずで作られ中に白い百合根の一片が入っているものです。御所前の松屋ときわが有名なお菓子でしたが、最近はお目にかかれません。

いずれ『淡交』に掲載されることですから、この辺で。



スライドショー 2006年8月7日 無限斎宗匠毎歳忌 清香院さま27回忌法要 副席
 




by tsubakiwabisuke | 2007-09-09 01:27 | 茶の道
2007年 09月 05日

九月ついたちの裏千家宗家での着物は

九月といえば初秋ということになっていますが、九月一日はもともと旧暦7月20日に当たります。盛夏、夏のまっさかりなんですね。それが衣替えとなれば、薄物から単衣(ひとえ)に変わるしきたりになっているところが伝統文化のせかいです。

八月の終わりに茶道の稽古仲間の連絡網で電話が入りました。「おついたちにはお家元が暑いのでどうぞ薄物で、とのことです」という伝言。なるほど…。ことしは例年にない猛暑で九月といえども厳しい夏日です。けれども、ご宗家へ参上するきものはひとえを用意していたのでした。

ついたちの裏千家宗家には、絽や紗など薄物のきものが多く見られました。業躰さん方は6月1日と10月1日には衣替えをなさいます。ただ、九月はまだ夏物のままごく当たり前の感覚です。女性の場合はとかくやかましくいわれ、うすものでは不可、茶席の取り合わせも夏は遅い、とこうなっているのでした。その意識のズレを今月一日の道話で説かれたのが、坐忘斎家元だったのです。

☆お家元
「私は薄物の着物でどうぞ、ご自由にと申し上げましたが、季節感を大切にするのはいいとしてそれに縛られてはいけないと思っています。金縛りにならないことですね。自分でしっかりものを見、臨機応変に判断する力を持っていただきたい」

家元の言葉は常に平易でしかも説得力があります。また、最近稽古場にお坐りになられなくなったのは残念なことではありますが、献茶式では炭点前、台子点前を自らなさって公開されています。ここが重要だと思うのです。



じつは、今日4日、志倶会の稽古日で私は一つの或る問題に遭遇したことを書いてみましょう。稽古をなおざりにしている自分ゆえお恥ずかしい内容なのです。

次の間〈大炉の間)で私は初炭点前をいたしました。



注  PCの調子でしょうか。急に切れてしまいました。すみません。
時々こんなことが起きてしまいます。







by tsubakiwabisuke | 2007-09-05 00:51 | 茶の道
2007年 08月 07日

八朔(はっさく)のご挨拶 裏千家坐忘斎家元のお言葉


茶道宗家での体験を書くことにいつも躊躇している私です。

でもそれを待って下さっている読者の方々も確かにいらっしゃいますので、今日は少し触れたいと思います。八朔と申しますと柑橘類の果物を思い浮かべる方が殆どでしょう。

それとテレビなどで京都祇園・甲部歌舞練場のおっしょさん、井上流家元へ舞妓や芸妓があらたまって挨拶に行く日と仰る方々も多いのではないでしょうか?

でも、別名田の実の節句ともいわれるように、この頃は早稲が実ります。稲の穂が実るので、初穂をお世話になる人にに贈る風習が生まれたようです。この「たのみ」が「頼み」になり、「お頼み申す。」 ということになったといいます。そこで上つ方の間でも、日頃お世話になっている(頼み合っている)人に、その恩を感謝する意味で挨拶に行くのですね。

暦の専門家でいらっしゃるかわうそさんは八朔の歴史を次のように仰っています。

「徳川家康が天正18年8月1日(グレゴリオ暦1590年8月30日)に初めて公式に江戸城に入城したとされることから、江戸幕府はこの日を正月に次ぐ祝日としていた。

今明治改暦以降は、新暦8月1日や月遅れで9月1日に行われるようになった。」

私は念のために、8月1日が旧暦ではいつになるかと探して見ました。↑↓

2007年  09月 11日 (友引)
ということですので、本来の八朔はもっと先で今より涼しい頃でしょうね。それと暑いさなかは、三伏(さんぷく)の候といい、夏の勢いが大変盛んで秋の気を伏する(降伏する)ということのようです。旧暦ならきのう今日はまだ三伏の中ではないかと思います。

前置きがくどくどと長くなってしまいました。えっ、お家元の話はどうなったんだ?とおっしゃるのですかぁ~~。はい。風が通る家が従来の日本の家屋であった、というお話が中心でした。

「これまでの旧い住居を新しく建て直したが、小川通りの佇まいに合ったものにしたと思っていた。しかし、家の中を以前のように風が通らないんです。見た目には昔風の家でも、エアコンを設置した建築は、すでに自然の風は通り抜けてはくれない。」

そう仰ってお家元は時代の流れというものの難しさを話されたのです。そして更に茶会の箱書きについて、「自分は今後特別なものを除いて箱書きを断ることにした」と。それは、ものの価値でなく肩書きで物を見、判断する茶人のありようを厳しく指摘されたのでした。

新しくものを創るばかりが道ではありません。利休さまがわび茶を伝えられた千家の茶道の正統を行かんとされる坐忘斎家元の静かな気迫を、私どもはしみじみと感じさせていただきました。

茶の湯には梅寒菊に 黄ばみ落ち 青竹枯れ木 暁の霜

利休百首







by tsubakiwabisuke | 2007-08-07 01:44 | 茶の道
2007年 07月 10日

松庵茶会七月例会は ぎおんまつりで

七月九日は、京都美術倶楽部・松庵茶会が開催されました。今月の担当は山本松濤庵。山本さんは美術倶楽部では比較的新しい方ですが、先代から数寄者の道具屋として知られた存在だったようです。10数年前、私がさる料亭に出稽古に行ってました時、若女将がひいきにしていたお道具やさんでした。忘れていたことをふっと思いだしました。ひょうひょうとした人柄がこの席にも感じられました。

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主のことば、 余白が多うてちょっとしか描かんでも昔はそれでよかったんでしょうかな。

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神鈴。
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唐獅子の香合。やさか神社をまもる狛犬、獅子と一対ということで今日は獅子を。

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とうろうやま カマキリ。これは名工といわれている〇〇が作っています。床脇に。

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籠行李蓋の煙草盆。青貝入りの煙管。

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南蛮の渋い水指はいい味でした。蓋裏にも工夫がみえました。

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菓子器はバカラの金縁が替えに、主の器は江戸切り子で痛いほどの良品。薄茶器の涼味ある色彩。全体は華美にならず、しっとりとして祇園祭の趣向がそこはかとなく漂う取り合わせでした。
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ここに表示されない画像2枚はココログのほうへ。







by tsubakiwabisuke | 2007-07-10 02:47 | 茶の道
2007年 07月 06日

精中忌 お参りの皆さま ありがとうございます

平成19年7月5日、裏千家今日庵・精中忌の行事には、直門の志倶会がことしも添え釜をかけさせて頂きました。紫明通りにある茶道研修ビルの2階に早朝から準備に。茶席を整え、9時前には全国から参集された同門のみなさま方をお迎えいたしました。

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ここには表示されない画像が2枚、ココログのほうにアップしております。






by tsubakiwabisuke | 2007-07-06 23:36 | 茶の道