2007年 10月 18日

漱石の悪妻説をくつがえす!新しい女性の目線で考え直す

日本経済新聞のすぐれた掲載記事をここで紹介させていただきたいと思います。

http://waga.nikkei.co.jp/hobby/study.aspx?i=20071015i1000i1

漱石の私物・メモ集めた大回顧展 

文豪・夏目漱石(1867~1916)が生誕140年、プロ作家になって100年という節目の年に、漱石を深く知るのは興が深い。東京・両国の江戸東京博物館では東北大学所蔵の手紙、蔵書などを中心に約800点を集めた特別展「文豪・夏目漱石 そのこころとまなざし」が開かれている。漱石の直筆原稿の廉価版や、孫娘が書いた夫婦論も出て、「生」の漱石に触れる機会が広がっている。

<中略)

『漱石夫妻 愛のかたち』(朝日新聞社刊)では、孫娘に当たる比較文学研究者の松岡陽子マックレインさんが祖母や母からの聞き伝えをたどって、家庭人・漱石のイメージをつづった。孫娘しか知り得ない人物像をもとに、漱石一家の家族イメージをとらえ直している。著者の父は漱石門下の作家・松岡譲で、母は漱石の長女・筆子だ。

 鏡子には過去、「悪妻」説がつきまとってきたが、近年の研究や、家族の文章からは、こうしたそしりにはあまり根拠がないという指摘が出ている。『漱石夫妻 愛のかたち』でも著者が知る祖母の実像が紹介され、漱石作品に描かれた妻像も参考に、漱石夫婦の間柄の読み解きを試みている。

◇ ◇ ◇

税こみ 735円 の朝日新書です。

ソクラテスの妻が悪妻といわれて有名ですが、日本では漱石夫人がいろいろ噂されてきました。
しかし実際は、漱石が亡くなった時39歳であった鏡子夫人は残された6人の子供を女手ひとりで育てあげた健気な女性でした。
漱石は当時から、愛人の存在が全くない作家 だということも知られていたのですが、妻には厳しい態度をとるときにも漱石は終始妻を裏切ることがなかった男性でした。

臨終の時には、妻と6人の子供。多くの弟子たちに囲まれ見守られながら49歳で逝った文豪の最期は、若すぎて惜しみても余りあるものでしたが、人間としては幸福な最期でありました。

そうした漱石を病める時にも必死で支えた妻は、夫の亡骸(なきがら)を公共の医学研究に資するため解剖を申し出たということを考えましても、いかに女性として強靭な精神の持ち主だったかに驚きを禁じえないのです。



漱石山房のある早稲田町の祖母の旧宅で産まれた松岡陽子マックレインさん。
今では貴重な生き証人であり、祖母の思い出と漱石長女の母・筆子さんから聞いた漱石夫妻の実際のすがたが生き生きと、比較文学の研究者らしい客観的な筆致で描かれています。

悪妻説を流布させたのは多く弟子たちだったようにも聞きますし、評論家の中にはそれを元に無責任に書いた方もあったのはないでしょうか。しかし、反論すべき方は殆ど他界され公正を期すことも難くなっていくのが現状と思います。

今日あらたな目線の漱石論へと発展することも考えられる、注目すべき一冊だと読者のひとりとして感銘したことを申し添えたいと思います。







by tsubakiwabisuke | 2007-10-18 14:53 | 夏目漱石


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