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2007年 06月 09日

栄西禅師へのお献茶 副席をかける喜び 

6月5日は 恒例の建仁寺献茶式。
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建仁寺開山忌 お家元の献茶があり、ことしも副席をかけさせていただいた淡敬会でした。
ご参拝のみなさまへご奉仕できることのよろこびを、ことしもいただきました。

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法堂沓(はっとうくつ)。 正式な法衣を着用する時の唐様沓(靴)です。
高位の僧のみに履くことが許されているとか…。禅宗で襪子(しとうず)の上から履くと聞きますが、さて、襪子(しとうず)とは? 指の分かれてない足袋のご先祖で、べっすともいうようです。

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水指 鉄鉢 東大寺伝来

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拡大画像です。盛阿弥作 棗の底には、直書あり。さてどなたの?
はい。一燈さんですよ。覚々斎の箱書きもございます。


兄と 弟と ということで私が説明しているものを少し…。


兄と弟が ここに いてはりました。はい、竺叟(ちくそう)さんと一燈さん。
裏千家八代叉玄斎一燈宗室のお兄さんがこの竺叟(ちくそう)さんです。
実はこのご兄弟、表千家からご養子にこられたお方のようです。

表千家・如心斎の二番目の弟が、裏千家七代竺叟宗乾。25歳の若さで急逝。
そして三番目の弟が裏千家八代叉玄斎一燈(ゆうげんさいいっとう)。

このご兄弟の合作ともいうべきものは、今日のこの一会にご覧頂けます。
花入れと箱書き。そしてさらに、棗と箱の書付。

極めつけに覚々斎の外箱が出てまいります。
裏千家八代一燈と表千家六代覚々斎。
この方は如心斎の父。おなじく竺叟一燈兄弟にも父に当たる方のようですね。

養子といいますと昔、「こぬか三合養子に行くな」とかいわれたもんですけど、
こんな立派なご養子はんがいてはったもんと深く感じ入ります。

なお「如心斎と一燈は兄弟であるとともに、利休の伝統を守る二つの千家を担う人であった。」と
筆記された表千家関係の貴重なウェブサイトをみつけました。
「如心斎と一燈」をどうぞクリックしてくださいますよう!

http://www.geocities.co.jp/Foodpia/1095/cha/ittonyosin.html
お時間のない方にはここでその一部を引用させて頂きましょうか。


「 兄の如心斎が弟の一燈宗室のところへ茶に行ったときのこと。一燈に請われるまま、
如心斎は炭をついだ。同席していた水雲という一燈の弟子が見ていて、如心斎が帰るや
こんなことを一燈に言う。「如心斎という方は花は上手ですけれど、炭は下手ですね。」
一燈は笑って答えた。「そんなことはないよ。私は花はまずまずやるほうだが、炭は下手だ。
だからそれを隠すのに炭点前にアヤをつけるのさ。
兄が炭点前を何なく平々凡々にやってのけるのにはとても及ばないよ。」
 一燈宗室の言葉に謙遜の意味が含まれるのは言うまでもないが、
茶の湯にとって当たり前にすっと済ませることは一番難しく、一番大切なことである。」




ひとまず写真だけをアップしておきました。。。ここには表示されないものもございますが。
よろしければ、ココログのほうへどうぞ





2001年6月 建仁寺開山忌 献茶式・茶会


2003年6月 建仁寺献茶式  四代目の家系 或る業躰家

2004年6月 家元とヤブレガサ 建仁寺献茶式の日







by tsubakiwabisuke | 2007-06-09 01:45 | 茶の道


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