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2005年 08月 17日

 晩翠通り 晩翠草堂 土井晩翠

最初の画像は、仙台市博物館の庭園。みどりの杜のネーミングにふさわしいところです。


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仙台の旅から京都に帰ってからまだ一週間です。
それが今日8月16日、宮城県沖地震のニュースに愕然としてしまいました。

お世話になった阿部かまの会社へ、地震見舞いのメールを出しましたところ即座にお返事がかえってきました。メールは早くてこうした時にはありがたいものです。

「こちら11時56分頃宮城県沖地震が発生、津波注意報も出ましたが、大事に到らず仙台市内、当ビルも数秒おおきくゆれました。当社には一応被害は出ませんので、従業員等も全員無事でご安心下さい。取り急ぎお知らせいたします。」

ああ、よかった。人々の無事が何よりです。でも、また心配なのは、晩翠通りと名づけられた大通りに建っている、あの土井晩翠の旧宅・晩翠草堂のことです。

晩翠の弟子達が戦後、恩師のために建てた木造平屋住宅で、地震の影響がなければいいがと…。

この度は東北大学付属図書館『漱石文庫』を閲覧するのが目的だったのですが、なんと、阿部かまの本社とちょうど後ろ合わせに建っているのが、晩翠草堂だったのです。

『仙台・東北大学をたずねて 漱石と土井晩翠のことなど』

先にアップした、このふたりの文豪についてのエピソードは、漱石夫人と晩翠の発言が残されたことで今後、例の「怪電報」がなんであったか解き明かされることでありましょう。


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晩翠の履いていた下駄も保存されておりました。家屋敷が仙台市に譲渡され、今は市の管理になって無料で拝見することができました。

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『オヂュッセーア』1万2千余行の韻文訳の出版、晩翠のライフワークは翻訳でもありました。80歳の昭和25年、第8回文化勲章を受章。詩人として文化勲章を受章したのは晩翠が最初であったそうです。

オヂュッセーアは浅野晃訳の詩集を持っていますが、晩翠の訳は存じないままでした。いずれ是非読みたいと思います。


河北新報によれば、この地震の影響は次のようになっています。
宮城南部震度6弱 けが59人 新幹線116本運休
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 宮城県沖を震源に16日発生した「8.16宮城地震」は、宮城県川崎町で震度6弱を観測したのをはじめ、仙台市宮城野区と泉区などで震度5強を記録した。揺れは北海道から近畿地方までの広い範囲に及び、震源地に近かった東北地方を中心に被害が広がった。政府が首相官邸に設置した官邸対策室などによると、地震によるけが人は宮城県を中心に5都県で計59人に上った。仙台市泉区では複合健康施設で屋内プールの天井パネルが落下し、26人が軽傷を負った。福島市、北上市、気仙沼市などでもけが人が出た。住宅の全壊や一部損壊も各地で相次いだ。東北新幹線は架線の断線で約10時間、運転が完全にストップし、全面復旧は17日未明となった。JR東日本は上下116本が運休し、影響は約10万3000人に及んだと発表した。一時運行を見合わせた仙台市地下鉄は約3時間後に復旧したが、高速道路など交通機関の混乱は夜まで続いた。気象庁によると、地震は16日午前11時46分ごろ、牡鹿半島の東南東80キロ付近を震源に発生。震源の深さは約42キロで、地震の規模はマグニチュード(M)7.2と推定される。気象庁は「今後、最大震度5強程度の余震の可能性がある」と警戒を呼び掛けている。(8/17 01:25)>>>詳細



by tsubakiwabisuke | 2005-08-17 10:14 | 夏目漱石


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