blog 漱石サロン ランデエヴウ

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2007年 02月 18日

パソコンテレビ 若者のすがた

パソコンテレビ「GyaO」というのがあります。製作はUSEN。

BS JAPAN「未来図鑑」
http://www.gyao.jp/sityou/catelist/pac_id/pac0003003/

#42
知る人ぞ知るアーティストたち。ゲストはテノール歌手 秋川雅史、詩人 chori。


今のところ最新のアップのようです。テノール歌手・秋川雅史さんの「千の風になって」はこのブログでも取り上げましたが、今回は対談で見せる素顔の彼をご覧いただけます。

製作者サイドで、千という名前にかけたわけではないと思いますが、千明史さん、ニックネームchoriさんが後半に出演。秋川さんの名前と千さんの名前と共通の「史」がつくことも偶然とはいえ面白いですね。

今の若い男性は昔の日本男子と違ってよくしゃべらはりますね。男は黙ってサッポロビールといったコマーシャルが好感された時代ではなくなっているのでしょう(^。^)。




choriさんは若者らしい謙虚な一面を、詩に描かれています。

『現代詩フォーラム』から抜粋


引越し        
chori


この家には
よそよりたくさんの神さまが棲んでいるのだった
だから
別れを告げるのに時間がかかった

父親は張り切って
母親は淡々と
妹や弟は面倒くさそうに
荷物をまとめてゆくそのかたわらで
どこにも置きどころのないぼくが突っ立っている

小さいころはずっと大きな家がよかった
大きなお風呂も茶の間もうらやましくてしかたがなかった
けれど二十年経ってみれば
ぼくの身体はすっぽり六畳間におさまりきって
ちょっとでも大きな部屋になるとぐっすりねむれない
背比べをした柱の傷だとか
いまどき神棚だとか
古臭くてたまらなくいやだったこの家じゅうに
気がつくとぼくがしみついていて

みんなの荷造りが終わりかけたころ
ようやくダンボールを引き寄せる
幼かったぼくを
はみだしてばかりだったぼくを
ずっと誰かになりたかったぼくを
ていねいに折りたたむ
急かされて何人かは入れ忘れる

背中越しに
お風呂の神さま
お手洗いの神さま
お台所の神さま
名前も知らないたくさんの神さまが
そこらじゅうから湧いてきて
なんとなく
肩を叩きあっている
家族がこの家を去っていっても
取り壊されるまでのしばらくのあいだ
彼らはここにとどまりつづける
疲れた顔をしているものや
さみしそうにしているものや
恥ずかしがって
出てこないものや
それはもう人間とほとんど変わらなくって
情けないやらいとおしいやらで
しゅっ、

音をたてて勢いよくヒモを結んだ

五人分の荷物が
トラック二台ではこばれてゆく
ぼくは最後に玄関のドアにふれた
ゆっくり
何度も
何度も
さすった
誰かが
さすりかえしてきた

車は
神さまの家からどんどん離れてゆく
たいした距離でもないのに
引っ越すというより
家を捨てた気分になって
助手席で
そっと泣いた


2006-11-29






by tsubakiwabisuke | 2007-02-18 16:50 | 京都


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