2007年 01月 30日

『維新』という詩 作者は京都の22歳青年詩人

これは私が管理しているミクシイのコミュニテイでの投稿記事です。

会員数は今日の時点で6270人。毎日参加希望者がひきもきらない状態です。
荒らしの襲来もなくはありません。そのため、多くの会員の方々のアドバイスを頂き、当分は「管理人の承認が必要(公開)」という設定にさせていただきました。

もちろん退会する方もありますが、本来、参加・退会は自由、というのが原則です。

私は茶道に関連のある活動について、イベントの一つとしてトピックを作っています。その詳細は以下に。


●このコーナーは茶道をたしな方々が、実社会で活動されている別の催しを、フランクに書き込んでいただく為に立ち上げました。

個人の展覧会・発表会、或いはご自分に関わりある書物の紹介などもどうぞ率直に書き込んでくださいませ。

個人でもグループ活動でも、大いに宣伝してくださってけっこうです。お近くでしたら関心がある人々が参加されるかもしれません。

社会奉仕をなさる方々の近況報告も歓迎いたします。
ただ、宗教と政治は差し障りもございますので常識の範囲内でお願いしたいと思います。

生活者としてのさまざまな活動は、茶道の心に添うものであればたとえ苦しくてもいつかは実る行いとなるのではないでしょうか。

皆さまによりよき交流の輪が広がってゆきますことを蔭ながら念じております!

管理人


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●投稿  わびすけ


アーティストの心理という点で。

chori青年の最新の現代詩を一篇、ここでご紹介いたしましょう。



維新
chori


煙草を一本吸っていかないか
別にきみの名前なんてどうでもいい

東の空が白みはじめるころ
長かった今日が燃え尽きるまで
このひとりごとにつきあってはくれないか

ほんとうのところ
ぼくやきみは
誰かが放り出した過去なのかもしれない
ガードレールにもたれながら
そんなことを考えている

きみが19世紀に生まれていたらどうだろう
きみが別の星に生まれていたらどうだろう
きみが穏やかな春の日に生まれていたらどうだっただろう
そのひだまりは あたたかかっただろうか

とにもかくにも この国の詩人は病みすぎている
薬を飲まなきゃ吐き出せないようなことばがさみしい
切り傷だらけの手で書いた詩は 切り傷だらけの手にしか届かない
きみは神さまの名前を知らないし
神さまもきみの名前を知らない
つまり 興味がないんだ
携帯のアドレス帳もマイミクシィも相互リンクも
友だちって便利なことばだよな
けれどきみは心のどこかで誰かに気づいてほしいとおもってる
いくつになってもうまく煙草の灰を落とせないことを
無理やりつくった笑顔に でもきれいな片えくぼができることを
今までに一度だけだけれど 両親にありがとうと言いたくなったことを

ぼくはあんまり普通じゃない家庭に生まれた
1000年も2000年もつづいてるんだってさ
気が遠くなるほど現実がちっぽけで
その現実すら受け止められない自分はもっとちっぽけで
どれだけ希望や絶望を歌ったところでこれっぽっちも具体的じゃないんだ

煙草がなくなったならぼくのをあげよう
きみには軽すぎるかもしれないけれど 悪くないとおもうよ
朝はいつでも後ろから襲い掛かってきて
気がついたときには奪っていってしまう
楽しかったことや 楽しかったけれど楽しかったとおもいたくないこと
悲しいはずなのになぜだか楽しくなってしまったこととか そういうのまで

お互い いや違うな
ぼくときみはただのぼくときみでしかなくって
それ以外の関係性は今のところすべて嘘だもんな
共有しているのはこの5分ちょっとの間
それぞれの普通は それぞれの日常は
押しつけるためにあるわけじゃない
もうすぐ何かはじまるんだよ
そこに意味なんてひとつもないとしても

きょう
たくさんのひとが産まれてたくさんのひとが死んでたくさんのひとがきのうと変わりなく過ごしてたくさんのひとがきのうとはまるでちがう世界に驚いてたくさんのひとが何か取りこぼしてたくさんのひとがそれを拾い上げてたくさん愛したたくさん殺したたくさんの出来事がたくさんのニュースがとても他人ごとのようにたくさん流れ感動や嘆きを与えたくさんの幼児がたくさんの少年がたくさんの学生がたくさんの社会人がたくさん生きていてたくさん死んでいてたくさん変わってたくさん変わらなかったたくさんのきょうはやっぱりたくさんのきょうでしかなくてたくさんの明日はやっぱりたくさんそこで立ちすくんでいてたくさんのきのうなんてとっくに

帰る場所がなくなってせいせいしたんだ
そしてすぐ やわらかなブランケットが恋しくなった
できればあたたかな灯りが できれば隣でねむってくれる誰かが
できれば目覚めのいい明日の朝が できれば手帳に愉快な予定が
できれば できればがあとからあとから押し寄せてきて
ぐんぐんスピードを上げて自転車は国道沿いを突っ走る
どこへ向かってるかわからなくたって
どうせこの道はどこかへつづいている

すっかり灰になりかけた煙草から
次の煙草へ 小さな火をうつして歩きだす
ひとりごとにつきあってくれてありがとう
残酷な朝のひかりがアスファルトを叩きつける
誰も待っていなくともぼくは行くよ
なにかを変えるためではなく
なにか変わる瞬間を見たいから


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会員のコメント 

●Sさん ブログ 日々是好日

「創造する」ことを趣味に、あるいは仕事にされる方の「生み出す力」には、本当に、ただただ圧倒されます。

その意味では、chori氏の詩にも、「何かが生まれるときの力強さ」を感じさせられ、圧倒されました。わびすけ様、ご紹介ありがとうございます。

話は少し変わりますが、本日、淡交タイムスを拝読いたしました。お家元の書かれていた「座右の銘」に、改めて、裏千家に所属していて、このお話をうかがうことが出来てよかったと、深く感銘いたしました。

茶の湯の持つ、「「精神」を生み出す力」は、本当に素晴らしいものですね。いつも、ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。


●Cさん(アメリカ)

chori さんの詩はいつも未来があっていいですね。若い時は死に憧れたりしがちですが、chori さんは優しさが溢れていて、勇気づけられます。

わびすけ様、chori さんの新しい詩を併せてご紹介いただきありがとうございます。






by tsubakiwabisuke | 2007-01-30 13:59 | 京都


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