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2007年 01月 17日
知り合いに心のまっすぐな美少女がいて、そのお兄さん的存在がサルさんというニックネームの青年です。私は偶々彼の日記を見ることになりました。 彼によればこのエピソードは伝聞だといいます。でも、私は作り話ではない真実味を感じました。ここに 阪神大震災のあの日を忘れない人々のことを、あらためて再録しておきたいと思います。 サルの日記 2年前旅行先での駐屯地祭で例によって変な団体が来て私はやーな気分。 その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。 少女「あんたら地元の人間か?」 団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」 少女「で、何しにきたんや?」 団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」 少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」 団体「・・・・?」 少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。あんたらにわかるか?消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」 最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。 あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。 団体は撤退。 彼女は門をくぐった時に守衛さんが彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく直立不動のまま敬礼していた。 ◇ わびすけはこの文章を読んでさまざまな思いが去来しました。 敬礼っていう言葉を、今の世では使わなくなっていますね。本来はとても尊い言葉ですのに。 なんだか過去の戦争に結び付けて怖い印象操作がされてはいなかったかと思うのです。 ここに掲載されたのは守衛さんの敬礼でした。素直なこころで読めば、なんと美しい礼でしょうか。 今日は1月17日、あの大震災の記憶がよみがえります。京都もマグネチュード5くらいだったと思います。わが家の木造家屋はずいぶん土壁に亀裂が入り、門の瓦は道路上に激しく落ちました。距離的なこともあって軽微な損傷でしたが、テレビで刻々と伝わる大惨事の有様に呆然とするばかりでした。 救援が遅れたこと、マスコミの取材が殺到しその車両が救援活動を阻害したことを、忘れる訳にはいきません。天災であると同時に人災であったのです。もう身の毛がよだつ悲惨さでした。 心から被災された方々のご冥福をお祈り申し上げます。 そして、その大惨事の中からたくましく再起された方々、救援活動に挺身された方々に私も敬礼をさせていただきたいと思います。 最敬礼、それは深くふかくお辞儀する伝統的な「敬礼」でもあったと思います。 サルさん いい日記をありがとうございました。 ◇ 参考 阪神・淡路大震災のデータ記録 せきらら私のメモ帳(雑学系) すばらしいお話をありがとうございます。 震災をテレビで見て悲惨な状況に呆然とした事を思い出します。そしてその年の6月か7月に神戸を訪れる機会が有り、まだまだ震災の跡が残る様子を目の当たりし、愕然としたのと自分の幸せな状況に感謝の思いがしたのを思い出しました。あれから12年、毎年毎年、復興を願いながら悲しみを乗り越えて来られたのでしょうね。私も「敬礼」です。 神戸は私の青春、私を育ててもらった町。 なのにその時私はそこにいなかった。多くの人と一緒に思いを共有できなかった。遠くでTVを通してしか体験できなかった。 それが未だに、心の痞えとなっております。 多くの思い出が失われてしまいましたが、新たな美しい思いでもできました。 何年たっても、1月17日は特別な日です。 ちょっと私的なコメントでごめんなさい。 私も1月17日の大地震のことをよく覚えています。その時,学部4年生でした。神戸大学に英国時代の友人がいたので,慌てて電話をしました。沢山の方が犠牲になり,しかも,その生死の境は不思議なくらいの偶然があったように記憶しています。 同時に,偶然でないこともありました。それは,ここに書かれている自衛隊の救出活動への行政の対応の遅さでした。このことは,県知事だけではなく当時の首相も同じでした。あの時,最初に状況を把握したのが米海軍でした。空母の出動を通じた救援活動を日本国政府は最後まで拒否し,結果的に多くの人が炎の中で命を失いました。 陸上自衛隊の場合,せっかく準備を整えたのにもかかわらず,行政からの許可が下りず,救出活動に出られなかったという「汚点」は,今振り返ってもとても残念です。その後,救出活動への法整備が進み,地域と一体になった活動がしやすくなったことをせめてもの救いとするべきなのかもしれませんが,私は今でもあの時のことを忘れることが出来ません。歴史は振り返ることはできても,代えることが出来ないからです。 泣ける話です。 敬礼・・・。私は10年ちょっと前まで地元の消防団にいましたから 在籍している時は敬礼は普通のことでした。 自衛隊に関してはいろいろと書きたいこともありますが、まぁ、地元行政の長が 自衛隊に反対しているから応援を頼まない・・・というのはその当時にTVで知りましたが あの惨状を目の前にして随分とご立派なことだ、と、呆れましたね。 自衛隊員は普通の人の倍以上の働きができますよ。 それから、文面にある「通り過ぎる消防車」というのがありますが 消防団を引退したばかりの私があの当時TVで見た消防本部長か誰かの 泣きながらのコメントに「消防は水がなければどうにもならんのです、水さえあれば」 というのも、ちょっとは理解してあげてください。水が無いために消火活動が出来ないというのは 無念この上ないことなんです。 私ごときの日記がこちらのブログに掲載され、何だか気恥ずかしい気持ちなのですが、このエピソードがより多くの人に知ってもらえることを嬉しく思います。 当時私は高校生でした。 遠い新潟で眠っていたのですが、何故だか地震に気付いて目を覚ましたのを覚えています。 新潟では大した揺れではなかったので深くは考えずまた眠りなおしたのですが、朝起きてTVのニュースに驚きました。 当時の首相を始めとした多くのお偉方の主義や思想、思惑で自衛隊派遣が遅れたことに今更ながら憤りを感じずにはいられません。 また、当時大阪に住んでいた方は日本橋に向かう途中で見た、消防車を止めて、我先にと写真や映像を撮っているマスコミの社名を決して忘れないと言っていました。 この震災での反省を忘れず、有事の際の各機関の正しいあり方をもう一度確認して欲しいと思います。 椿わびすけ様、このブログを読んですぐにコメントをいれたのですが、字数がオーバーしているので496?文字を削除して送信してくださいとメッセージがでました。わからずにさわっている内に入力した文章がすべてダメになってしまいました。がっかりです・・・・・。 自衛隊 農家の方々は命を守ってくれるお方と何故素直になれない人が居られるのかと思います。マスコミのあり方も反省の材料ですね。 なんともいえない言葉にならない思いで一杯です。このブログを読んで 良かったです。有事の時のあり方は自分はどうしたらよいかをまず考えたいと思いますが各機関のあり方も大切だと思います。 今度は東京という噂もあり地下鉄は最低限の利用とか寝るときはパジャマでなくジャージにしようかとか職場にも最低限の物を置いておけとか 川を3つも越えるから会社を離れるナとか考えると恐ろしいです。 Ⅰ/17には私の誕生日なのですが毎年心重たい日になりました。 地震で亡くなられた皆様のご冥福を祈ります。 お書き込みくださった方々の公正な意識、心にひびくご発言に私のほうが感銘しております。このようなよき交流をネットの恩恵と申し上げてもよろしいかと思います。打てば響くとは昔からいわれていますがまさにその感を深くしております。
ココログにはこのコメントがなく淋しく思いますのでいずれ皆様の声を別記事にさせていただきますね。なにとぞご理解いただきますよう! サルさん、またいい日記を見せてくださいね。期待しています。 |
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