2006年 08月 02日

中坊公平著『現場に神宿る』 の 書評がIT新聞に掲載


タイトル 『現場に神宿る』百年後に真の評価を受ける義人・中坊公平さん



本文

 1929年京都に生まれ、地元の京都大学に学び、弁護士となった中坊公平さん。大阪を拠点に活動し、これまで約400件以上の裁判を担当し事件の殆どを勝ち取ってきたという、驚くべき法曹家なのですね。

 中坊さんの庶民的で飾り気のない風貌、3年前まではテレビや新聞のインタービューにもよく登場されていましたし、そのお人柄も国民的な人気がありました。

 しかし、或る事件により2002年に出版された著書を最後に、中坊さんの名を見ることはなかったのですが、思いがけず今年2006年7月5日、現代人文社発行のこの書物を手にして、私は感慨深いものがありました。

 本の題名は『現場に神宿る』。著者が中坊公平+松和会、とあります。「千日デパートビル火災/被災テナントの闘い」という、そのサブタイトルが表している通り、中小企業とも零細企業ともいわれる商人達(松和会)が、弁護士と心を合わせ団結して闘い勝ちとった18年6ヶ月の間の記録なのです。

 強きをくじき弱きを助ける、ことをモットーとした弁護士。これまでの活動記録を総括しますと次のようになります。

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1 1960年―H鉄工和議申立て事件
2 1962年―「M市場」立ち退き補償事件
3 1967年―貸金返還請求及び暴行事件
4 1970年―タクシー運転手ドライアイス窒息死事件
5 1973年―森永ヒ素ミルク中毒事件
6 1982年―小説のモデル名誉毀損事件
7 1982年―自転車空気入れの欠陥による失明事件
8 1983年―実刑服役者の新聞社に対する謝罪広告請求控訴事件
9 1985年―看護学校生の呉服類購入契約事件
10 1985年―金のペーパー商法・豊田商事事件
11 1987年―ホテルの名称使用差止め事件
12 1992年―グリコ・森永脅迫犯模倣事件
13 1993年―産業廃棄物の不法投棄・豊島事件
14 1996年―不良債権・住専処理事件
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(中坊公平『私の事件簿』目次より)

 今回、著者である中坊さんともう一方の著者である、千日デパートビル火災時のテナント業者36人の「松和会」。
 この裁判記録を読むと建研という権威ある公的機関の報告書にもデータのミスがあり、裁判官も弁護士も不完全な対応があったことが解ります。弁護士は現場に行き、商人達から学び共に勉強し前進します。

 「あとがきにかえて」を書いたのは松和会現代表の明地東三さん。まことにふさわしい後書きでよかったと思いました。「はじめに」は中坊さんの訥々(とつとつ)とした語りが、近江商人の「三方よし」という言葉を引き合いに、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という伝統的な経営理念とモラルが説かれ、楽しいものになっています。

 この本の中で「中坊公平の回想」が4回出てきますがじつに親しみやすいいい文章です。これからみれば、迫力ある大作『現場に神宿る』の全体から受ける印象は、若手の弁護士さん達の代筆ではないだろうかと失礼な想像をしていました。お許しくださいませ。

 私は、中坊公平という方は100年後に真の評価がなされる人物だと考えます。現代の日本人と社会が失ったかにみえるもの、公正と正義。それを全人格をもって追求し、表現した体現者ではないだろうかと……。同じ京都市民である自分がなにかしら力を与えられるようにも感じられるのです。

 人と人との絆が分断されてきている世の中を厳しく指摘されます。小泉構造改革への批判のあとに、「実は日本人の一人ひとりが『自立』『自律』『連帯』というところからだんだんはなれていってしまったということです。」

 それを救う処方箋は、次のように述べられています。
 「アメリカ型の資本主義ではない、「三方よし」の商い、企業活動を大切にし、その方向に進んでいくことです。」

 210ページに「偲ぶ会」のことが書かれています。「京都市の聖護院の敷地に建つ旅館『御殿荘』」
 「中坊公平が経営するこの旅館は、裁判の時に何度も弁護団会議や合宿の場として提供された場所である。二〇〇五(平成17)年八月二七日、まだまだ残暑厳しい晩夏の日に、その思い出深い一室で松和会の「偲ぶ会」が開かれた。
 ドリームとの裁判中に松和会の会長をつとめていた桑増秀が、ほんの二ヵ月前の六月にガンでこの世を去ったのだ。」

 ご存知でない方のために申し添えますと、中坊さんはお若い時分から弁護士の収入を蓄えてこの由緒ある旅館の古い建物を購入。大改装のあと、今では良心的な有名旅館として全国の顧客に愛されている、旅館経営者なのです。

 修学旅行の生徒達が来るので二流か三流という声もありますが、そこはオーナーの確固たる信念があっての決断でしょう。比較的安くてサービスがいい、そして安心だ、という先生たちの声が圧倒的と私は聞いております。

 つまり、中坊さんは資本主義のなかでの資本家であるということ。従来の伝統を否定し、革命、改革を言うような人権派とは一線をひく方なのですね。京都を愛し、よき伝統を生かし、子どもたちにそれを伝えたい。その信念があって、共存共栄の経営が成功しているのです。ホテル経営が不振で喘いでいる中で、旅館『御殿荘』はいつも盛況、こちらでもたいしたものと思います。

 かつて政府からその行動力を買われ、住宅金融債権管理機構社長となられたのがつまづきの元でした。体制派として弱者を弾圧するという指弾を受けるに至ったからです。しかし、弁護士を廃業しても中坊さんは何も困ることはありません。困るのは誰か……。菊池寛賞等受賞の輝かしい経歴も、本人にはなんのことはなく小さな思い出に過ぎないのではないでしょうか。

 中坊さんには、弱くても心正しき人の友が数限りなく存在します。そのことを私はこの本からしみじみと感じたのでした。

 裁判のあり方、闘うための真剣な学び、人々との和。専門的な知識がわかりやすく書かれているこの良書を、1人でも多くの方々に読んでいただきたいと思います。

                                         執筆   椿 伊津子


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最後の画像は今日、客人を案内して行った慮山寺の桔梗。
紫式部の邸宅跡として知られるところです。源氏物語はここで書かれたとか…。

桔梗ですが、どの花もひかりのあるほうを向いていますねえ。こちらには背を向けて。
そら、気持ちはわかりますけどな。







by tsubakiwabisuke | 2006-08-02 17:41 | 京都


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