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2006年 02月 15日

著作権

著作権ということがやかましく言われるようになったのは何時ごろからだろう。

昔は新聞なども記事の引用をしてもそれが著作権にひっかかることはなかった。
日本は民主主義の土壌がなかったので、権利意識も抑えられていたと見る向きもある。

良寛さんが人から本を借りた話がおもしろい。

良寛さんが借りた本に、「おれがの」と署名した。
それをはたから見て驚いた人が、こう言った。

「その本は人の持ち物ではないんですかい。」

良寛さんは何食わぬ顔で答えたという。

「こうして自分が持っておる間は、こっちのものじゃ。おれがの、じゃ。」

まあ、良寛さんほどの人だから出来たことである。「おれがの」と書いてもらった本は値打ちも一段とあがるし、貸した人を喜ばせることになる。

固有名詞で書かれなかったところが面白い。
ともあれ、このころの日本人はまことにおおようであった。

京焼きの祖といわれる野々村仁清にしても、中国陶器や国内の陶芸を学び、その「うつし」を作った。赤絵や染付けなどの影響はもとより、例をあげれば仁清信楽もそうだ。

また、仁清の「うつし」を作った名工も多いがこれは決して贋作ではないのである。
個々の作者の名で、作られた「うつし」はそれなりにレッキとした作品なのだ。

漱石文学も今でなら著作権侵害だといって、訴訟沙汰になりそうな『抗夫』のような小説もある。
時代がおおらかだったというほかはない。

私事で恐縮だけれども、或るサイトのトップページに招き猫が並んでいる写真が出ていた。
これを見てあらっと思った。何を隠そう、それは私が撮った写真だったから。
以前、自分のサイトで公開していたものでそれをコピーされたようであった。

プロではもちろんなく、趣味でボランテア風の作者が私である。
ネットのお付合いはない未知の方だったけれど、私からメールしたのを覚えている。

「お気に入って頂けたようで何よりです。」というようなことを書いた記憶がある。
先方の方からは折り返し、「失礼しました。あんまり可愛かったのでつい載せました。」と
書かれていたように思う。

その方は難病に罹られた中年の男性であった。
そのことを知った時、あんなお節介なメールなどだすべきでなかった、と思った。
知らぬふりをしてそっとしておくことがどんなによかったかも知れない。

また、或るサイトで私のサイトの文章をそっくりそのままコピーして、名前だけは変えているケースも目にした。しかし、商業用ではなくお遊びでやっている内は、私は見過ごしている。

今日、主人に著作権のことについてどう思うか意見を聞いてみた。
ついきのう、拙サイトの掲示板で、そのことを問題にした投稿があったからである。

当該者本人ではなく、覆面の匿名氏が2名。攻撃的な内容であまりに他を誹謗するのに辟易した。Xさんというネットでお付き合いのある方が某プロ写真家の無断借用をしたというのだ。

私はそのプロ写真家のことは知らなかったが、中東での戦闘や被災者をリポートをするかなり有名なカメラマンであるという。
いっぽう、その作品を盗作して自分の作品だと主張する者の不正行為は断ずべきことであり、そのカメラマンの心情はよく理解できる。それに関して全く異論はない。

Xさんは3年前に許諾を得るためにメールを送ったものの返事がいただけず、そのままこっそり掲載していたらしい。彼は自サイトで不正行為であったと罪を認め、謝罪文を掲載した。

しかし匿名氏の怒りはそれではおさまらない。Xさんはついにサイトを閉鎖することにしたようである。病気療養中であった彼にはこれによって受けた心身の打撃はどうであったろう。

昨今、著作権の無断使用で或る経営者が逮捕されたニュースをテレビが報じていたが、これは他人の作品を無許可で盗用しボロ儲けを狙った営業サイドの事件である。

権利意識が高まっている現代にさまざまな問題が生じるのは当然かもしれない。ただ、淋しい人間が多くなったようにも思うのである。

当事者ではなく、どうやらひとのトラブルを糾弾することを楽しんでいる人々がいるようだ。

すぐに不正行為であったと謝罪したXさんが自ら趣味のサイトを閉鎖にした現実も、私は自分の運営する掲示板と通してつぶさに見た。

アフガンやイラク等で救援活動をしたいというのが彼の夢だったのだろう。夢を現実であるかのように装い秘密のページを作っていたのかもしれない。他を欺いてまで夢に生きたかったのか。

そのページだけがパスワード制になってていたというのもワケアリだったということだろうか…。
…彼の病気がなせるわざと思えば複雑な気がする。


さて、私が主人に問いかけた「著作権のことについてどう思う?」の答えが、次のことばであった。

「著作権は大事だと思うよ。しかし、作品は見てくれる人があるから成り立つのだろう。」

来月には主人の何冊目かの著書(学術書)が出版される。
今はそれを心待ちにしている私である。


by tsubakiwabisuke | 2006-02-15 00:51 | ニュース


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